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ゲント美術館での討論会

 

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ボスの「十字架を担うキリスト」(イメージは部分)について、2016年2月17日に ゲント美術館で、 関係者で討論があった。
そのときの概要を紹介したい。
 参加者は、
・Jos Koldeweij はBRCPの代表、確か2001年ロッテルダムのボス展でもカタログ編集していたようだから、かなりお年なんだろうか?
・Griet Steyart 実務的な修復家のようである。
・Maximilian Martensはゲント大学の教授なんだから、ゲント側の擁護者なんだろう。
・Paul Vandenbroeckは、アントワープの人でBRCPにも参加はしていたようだが、立場はやや中立的、ブリュージュの美術館にも勤務していた。
    ゲントでの討論だから、やや地元有利のめんつになっている Jos Koldeweijは、アウェイでの戦いである。
    こういう議論というのは、美術史の様々な方法論や細かい技術、裏の事情などがでてくるので、基本的に面白いものなのだ。


全部よみたいひとは英文で。。英文でも逐語記録ではなく、概要である。
Christ Carrying the Cross by Bosch in the Museum of Fine Arts in Ghent Flemish Primitives
URL::  
http://vlaamseprimitieven.vlaamsekunstcollectie.be/en/research/webpublications/christ-carrying-

the-cross-by-bosch-in-the-museum-of-fine-arts-in-ghent

また、別のもう少し圧縮したレポートがArtDailyにある。短いとはいえ、前述のレポートの不明瞭なところをはっきりさせているような美点もあり、読み合わせるとよくわかる。
ニューヨークのArt Dailyのようである。。
http://artdaily.com/news/85213/The-Hieronymus-Bosch-debate--Authorship-of-Christ-Carrying-the-Cross-questioned#.XI1-7qBUvcs

************* 本文  ***********

BRCPは2010年にボッスの全作品の包括的研究のために組織された。最新の技術に基づき、標準化された手法と比較可能な条件によって、ほとんどのボッスの作品を調査した、6年の研究成果は、2冊の本に結実している。また、BRCPの成果が、北ブラバント美術館での特別展である。
 BRCPは、他の研究者がボッスの作品だとしている2、3の作品を排除した。たとえば、ゲント美術館の有名な作品である「十字架を担うキリスト」をボッスの作品でないと、BRCPの研究者たちは、結論づけた。しかし、ゲント美術館はボッス作品として展示し続けることに決めた。
  討論会のスピーカーは、

・Jos Koldeweij (BRCP)
・Griet Steyaert (independent art historian and conservator
)
・Maximilian Martens (Professor at the Unversity of Ghent)
・Paul Vandenbroeck (academic researcher at the Royal Museum of Fine Arts in Antwerp)

Koldeweijの意見
Jos KoldeweijとBRCPは、 ボスの原作に基づくコピーと推定している。制作時期は1530-1560、
・赤外線レフレクトグラフィーで下書きをみたら、外のボスに帰属された作品の下書きと違っている。また、下書きと絵が一致している。他の作品ではしばしば修正があるものだ。
・形態的特徴(耳や手や衣装の表現特徴)は、他の画家の作品であることを示唆している。
・彩色面の端に絵具の盛り上がりがない。これは絵が描かれたあとで枠にはめたということである。15世紀には、枠に入れた状態で描くのが普通だから、端に絵具の盛り上がりがでる。
・年輪年代法の測定は作品の状態のため実施できない。


Griet Steyaertの反論
16世紀においては。枠に入れて描くことから、だんだんと枠なしのパネルに描くようになったのは確かである。Royal Institute for Cultural Heritage によって、1956-57年に修理しており、その際に縁に木片を付加して額縁にいれているので、現在の状態で、どうこういうことはできない。(よくわかりにくい記述ですが、他の記事(ref)を参照すると、要するに、古い時代に周囲を切り落として縮めているから縁の盛り上がりなんかそもそも存在しない。オリジナルの縁があればある額縁におおわれた彩色しない木材部もありません。だから木をまわりに補って額縁にいれることになったのです、、ということのようです。) 塗っていない基底材がパネルの端にもとはあったかどうかも現在では判定不可能だし、もともと枠に入れて描いたかどうかも判断不可能。
・耳のような細部の比較においては、作品相互の関係とともに、修理の歴史も考慮しなければならない(これもわかりにくいのですが、refによれば、修理箇所で比較してるんじゃないの??という意見)。
・ロンドンNGの「捕縛されるキリスト」(BRCPが真蹟と認定)と「十字架を担うキリスト」の絵筆の使い方は同じであり。同じ画家の筆だと思う。
・私(Griet Steyart)は、BRCPが真蹟としているブリュージュの「最期の審判」とこの絵を両方とも修理したが、同じ画家の作品だと思った。



Martens(マールテンス)の反論

・美術史は厳密科学ではない、どちらかというと、できるだけよい文献を作ろうとする理論どうしの争いである。。
「美術史は過去を予言しようとする一つの試みである。」これはワシントン ギャラリーのJohn Olivier Handかた引用した。自然科学的手法はそれほど効果的なものではない。研究結果は、異論をたてられるべきものだし、主観的意見は排他的なものであってはならない。
・2009年にマールテンス自身ゲントにある2つの作品の赤外線レフレクトグラフィーを撮影した。これから2つの作品の下書きの様式はまったく違っているようにみえた。「十字架を担うキリスト」は、紙の下絵素描を使っていることを示している。聖ヒエロニムスの下書きは、自由な下絵であり、絵画制作過程で創造的なプロセスがあることを湿している。 「死神と守銭奴」 は、第3のタイプで多数のハッチングといくらかの修正がある。
・マールテンスは、1980年代終わりに下絵の機能について人々はたくさんのことを知ることができた、と主張した。下絵を書く人は必ずしも絵を仕上げる人ではない。工房での制作においては、芸術家が異なる様式の下絵を使い分けるのは例外的なことではない。ラファエロ真作だとだれも疑わない作品のなかでも3つの下書きの様式がある。大ブリューゲルの場合もにたようなものだ。
・BRCPは、クローズアップはボッスの時代には稀だtいっている。しかしならがら、15世紀の例がある。シモンマルミオンの写本絵があるし、 Hugo van der Gosの原画は失われているが約40のコピーがあるキリスト哀悼」Lamentation of Christがある。その上、ボッスにもBRCP自身が真作としている「捕縛されるキリスト」The Crowing with Thorns(National Gllery London)があるではないか。
・マールテンスは両作品において顎髭や口髭に鉛泊を使用するという同じ技法があると指摘した。2つは共通の特性があるとはいえ、制作時期が違うのではないかと思う。ただ、マールテンスは同じ画家の作品だと考えている。


Paul Vandenbroeckの意見
・ボスは、自己矛盾・  パラドキシカルな芸術家
・「快楽の園」祭壇画の内面3面の中ですら、様式的な差がある。
・あまりにも少ない作品しか残っていないので、研究が難しい


ゲント美術館の結論

ボッスの絵画と素描は、伝張的に別々に研究されてきた、そこをついたのがBRCPの美点である。その上、最近は研究成果はすべての人にネットで公開されている。加えて、聖ヒエロニムスが美しく修理されたのもこのプロジェクトのおかげであった  「十字架を担うキリスト」の画家がだれであるか議論されたのは、これが最初ではない。四〇年以上もまえからあった。あらゆる文献とここでの討論に基づき、この絵は西洋美術の歴史のなかで最も幻惑的な作品の一つであるに違いないと、当美術館は強調するものである。
   BRCPは「十字架を担うキリスト」を1530-1540年ごろにボッスの原画に基づいて制作されたコピーだと判断した。討論会出席の他の専門家や当美術館にとっては、この絵がボッスの手になるものとする十分な証拠があるものと考える。
当美術館 館長Catherine de Zaegher は「美術館の説明版はボッス作のままにする」。同時に、美術館は、近年の研究をふまえた盗作品の修復計画をたてる。言い換えれば、討論はまだ終わっていない。


ref. The Hieronymus Bosch debate: Authorship of Christ Carrying the Cross questi
http://artdaily.com/news/85213/The-Hieronymus-Bosch-debate--Authorship-of-Christ-Carrying-the-Cross-

questioned#.XI1-7qBUvcs



by reijiyam | 2019-04-30 14:44 | ニュースとエッセイ | Comments(0)

瓢箪の筆筒

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 この小さな筆筒は、主要部分が瓢箪でできている。口縁と底+台座が紫檀で、中央部分の円筒は瓢箪である。 高さ10cm 、 径5cm (紫檀台座の最大径)。

  むろんこういう円筒型の瓢箪が自然なわけがなく、円筒型の型にいれて成長させることでつくるのである。
 さらに、型の内部に凹凸を彫ったり転写したりすることによって、瓢箪の表面に模様や絵をうきだたせる方法もある。この筆筒もそういう方法で山水模様をつけたのかと思っていた。 私は、これを「瓢箪を鋳造する」と称したものだ。まさに青銅器の鋳造方法によく似ているから。
 しかし、最近 瓢箪工芸の専門書 王世ジョウ「中国葫蘆」上海文化出版社、1998 を読んでいたら、どうも違うのではないか? そうではなく「押花」という技法を使っているようだ、と思いなおした。この「押花」というのは、瑪瑙や象牙などの道具で瓢箪の表面を押して線を表す方法で、彫刻と違って表面の皮を切ったり削ったりするわけではないという技術である。確かに鋳造法にしては細かい線がありすぎる。あるいは概略は「鋳造」で模様をつくって細かいところは「押花」をしているのかもしれない。
「鋳造」する方法では、下の別記事にあげた作品のように丸い感じの線になる。

康煕賞玩 瓢箪パレスボウル

https://reijibook.exblog.jp/15302128/
 この本には清末民国初ごろの「押花」の名人 陳錦堂の作品の図版があるが、かなり似た感じである。そうすると、この瓢箪も中華民国時代とみたほうがよいかもしれない。
  しかし、この色や技法の感じは、雍正時代の張希黄の留青の作品や、乾隆時代の貼黄作品と近いものがある。清朝後期の時代のセンスを受けているんだろうか??


by reijiyam | 2019-04-29 07:57 | コレクション | Comments(0)

古梅園墨譜 後編

文房四宝にちなんで、古梅園墨譜 後編 安永二年の発行 
を紹介してみます。前  南京(奈良)八景墨紹介したときは、画像の質がよくなかったので、少し改良しました。

貧架にあるのは、不全本4冊ですが、本来は五冊本で
序・天・地・玄・黄いう5冊本です。ただ、絵があるのは、天・地だけで、天は「唐方式」(中国風の墨)、地は「和方式」(日本風の墨)のはずなんですが、唐方式の中に仏足石墨なんかが入っています。江島碑墨とか鎧を模した墨なんかは確かに和風ですけどね。 玄・黄は題賛だけなんですが、そのなかに若冲の拓版画みたいに拓本を模倣したような刷りかたをしたものがはいっています。全部がそうではなく極一部が下のような拓本風のつくりになっています。
収録してある墨見本のなかでは、南京(奈良)八景墨なんて、今だしてもうけるんじゃないかなあ。と思っています。

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by reijiyam | 2019-04-24 07:04 | 蔵書 | Comments(0)

呉歴の墓表

呉歴(1632-1718)は五六歳ごろ以降、イエズス会宣教師として活動していた。その墓の銘文拓本の明瞭な拓本イメージをあげておく。

 Source; Laurence C.S. Tam/譚志成, Six Masters of Earlr Qing and Wu Li /清初六家与呉歴、1988, 香港政庁

  もともと、上海の南門外の聖墓堂墓地というのがあって、二百名以上のイエズズ会士が埋葬されていたが、文化大革命時代に破壊されたそうである。今は黄裏区徽寧路第三小学校に小さな庭のような記念域が残るだけのようだ。この拓本は1937年の刊行物にのったものであるが、どうも、パリのイエズス会文書館にあるらしい。またもや中華人民共和国の文化財破壊とそれが外国でかろうじて保存されている例である。

  
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by reijiyam | 2019-04-16 08:37 | Comments(0)

緑端筆洗

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  文房四宝展の出品リストには、硯の材質が書いてない。まあ、端渓石が多いんだろうと思います。金星なんとか、は歙州硯だろうとはおもいますが。。
  広東省の端渓石には緑色のものもあって、緑端渓とよばれています。緑端と略されることも多い。端渓の中心地から少し離れたところから採れるもののようですね。緑色の石というと、全く硯としてはどうしようもない五台山硯なんかありますが、緑端渓は、硯としても結構優秀なようです。山東省の緑石というのもあるようで、これは結構使えるようです。松花江緑石というのも有名ですが、清時代の本物は官作なので市場には全くなく、中華民国以降、最近制作したものは多少あるようですね。

  この緑端で作った古めかしい筆洗をずっと使っているので、ここでちょっと紹介してみます。
長径約8cm 高さ約3cmのものです。
  まあ、荷葉型というものでしょうか。現在でも作られているようですが、大きすぎるみたいですね。これくらい小さいほうが使いやすい。



by reijiyam | 2019-04-14 09:39 | コレクション | Comments(0)

昭和蘭亭会 詩箋


1973年 大阪での昭和蘭亭会を開催されたときに、日本書藝院が企画して、たぶん中国に発注して製造した詩箋(便箋)である。田中角栄訪中の一年後だから、発注もそうむずかしくなかったと思う。
  蘭亭展に参加したわけではなく、偶然、購得しただけである。珍しいのであえてあげてみた。
  どちらも、王羲之観鵞図である。
  ただ、横長の詩箋の題が「羲之浴鵞」となっているが、「浴鵞」というのは、なんか変だと思う。普通は観鵞とかだと思う。

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by reijiyam | 2019-04-13 15:28 | コレクション | Comments(0)

墨精


詹大有の「墨精」墨1対の一本、75mmx11mmx9mm ものすごく細く小さい角柱である。光沢のある表面・剥落したらしい珠のあとの穴、などをみると、まあ良いほうだと思う。側面には「詹大有監製」頭には金泥に「乾行氏」背面には金泥の長方形面に「詹大有製?」という文字が入っている。試墨してみてもまずまず良かった。

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by reijiyam | 2019-04-11 07:19 | コレクション | Comments(0)

楚石



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 湖南省の楚石の印材をだしてみる。造形もまた、寿山石とは違っていて、こういう一風変わったものが多いようである。下部は円柱になっている。 高7cm 底面直径22mm

 これは、緑色が濃くなって真っ黒になっているものらしく、よくみるとかすかに緑がかっている。陶磁器の天目釉が藍色が濃くなって黒くなっているようなもので、炭の黒とは違う。文献どおりやたらと重い。また紫がかった褐色のむらむら、細かい結晶体も散在する。
  照明と背景を変えることによって、真っ黒じゃない写真も写すことができたので、紹介しておく。

  ただ、つまみの動物のところが割れていてつなぎなおした傷物ではある。たぶん祖父の遺産だと思う。うちのものはとりあつかいが荒っぽいのでずいぶん傷つけてしまっていた。これだから古美術に関心のない人は怖い。
  楚石の本物というのは珍しいものらしい。黒い石印材というのは他にもあるので間違い易いということもあるらしい。


by reijiyam | 2019-04-09 07:43 | コレクション | Comments(0)

時其吉 竹刻漁翁図筆筒

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時其吉 竹刻漁翁図筆筒
高11.5cm
竹彫 乙丑だから  嘉慶10年 1805年の作品

 時其吉 字大生。生卒年不詳,時鈺之子,江蘇嘉定人(今上海市)。嘉慶ごろの人? の作品のようだ。
  本当は誰の彫刻なのか?ずっと疑っていたが、香港の中国工芸の大蒐集家:關善明 Kwan collection のコレクションを香港大学で展覧した際の図録
《虛心傲節:明清竹刻史話》,香港大學美術博物館出版,2000 年
に下記のような刻のある筆筒があり、筆法もそっくりなので、一応これでよいと思う。
關善明と私 双方が騙されたというなら、まあ、しょうがない。



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by reijiyam | 2019-04-07 09:42 | コレクション | Comments(0)

永寿2年3月壺

中村不折が愛した漢時代の漆書がある壺だが、この前書道博物館に行ったときは展示されていなかった。
台東区のサイトの紹介は、
https://www.city.taito.lg.jp/bunkasinko/virtualmuseum/shodo_01/004/index.html

法書会の書苑に、文字を展開図的に影印したものがあるので紹介する。
書苑第5巻-2  大正4年4月5日 、 1915
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by reijiyam | 2019-04-03 10:27 | 蔵書 | Comments(0)