印材三種


鶏血二種と黄寿山の薄い板一種、こう小さいと実用にはならず、石の見本というか、観賞愛玩用というか、極めて趣味的なものでしょう。
e0071614_07432722.jpg

e0071614_07440802.jpg
e0071614_07434185.jpg


# by reijiyam | 2019-05-21 07:46 | コレクション | Comments(0)

孔固亭鑑真/孔固亭眞蹟法書

e0071614_09304287.jpg
e0071614_09311665.jpg

中村不折のご子息:中村丙午郎氏の編集によって出版された、モノクロコロタイプの所蔵品墨蹟選集だが、
全貌の目次があまりなくて、どういうものが出版されたのかよくわからない、という事態だった。今はどうかしらないが、念のため、当時の出版広告と、国会図書館にある書誌を出しておく。

孔固亭眞蹟法書
中村丙午郎 輯 昭和九年至十年 東京孔固亭眞蹟法書刊行會 影印 13册

1. 漢老女人經 魏譬喩經 晉王獻之地黄湯帖
2. 梁蕭偉書摩訶般若波羅蜜經卷十四 唐賢首國師書尺牘
3. 顏眞卿告身帖 唐 顏眞卿 書
4. 唐撫晉帖月儀 楊凝式神仙起居法
5. 蔡襄書謝賜御書詩
6. 趙子昂書送李愿歸盤谷序 元 趙孟hu書
7. 梅道人墨竹譜艸書
8. 虞集詩書 明賢尺牘
9. 文徴明千字文 明 文徴明 書
10. 文三橋草書詩卷
11. 張瑞圖書後赤壁賦
12. 董其昌書詩卷尺牘
13. 王鐸書草書詩卷
以上

# by reijiyam | 2019-05-12 09:31 | 蔵書 | Comments(0)

ゲント美術館の討論会 第2ヴァージョン

e0071614_14174899.jpg

4月30日にアップしたゲント美術館での討論会は、討論部分が各人にわかれた記事をもとにしたので、
「討論」というニュアンスが減殺されていた。
artdaily記事は、そういう点をとりいれていたので、それを多少とりれて、記事を再構成した。
BRCPは2010年にボッスの全作品の包括的研究のために組織された。最新の技術に基づき、標準化された手法と比較可能な条件によって、ほとんどのボッスの作品を調査した、6年の研究成果は、2冊の本に結実している。また、BRCPの成果が、北ブラバント美術館での特別展である。
 BRCPは、他の研究者がボッスの作品だとしている2、3の作品を排除した。たとえば、ゲント美術館の有名な作品である「十字架を担うキリスト」をボッスの作品でないと、BRCPの研究者たちは、結論づけた。これは2005年のことだったが、ゲント美術館の担当者は、性急な結論を避けて、討論会を2006年の北ブラバント美術館特別展開催後に延ばした。  討論会のスピーカーは、
・Jos Koldeweij (BRCP)
・Griet Steyaert (independent art historian and conservator)
・Maximilian Martens (Professor at the Unversity of Ghent)
・Paul Vandenbroeck (academic researcher at the Royal Museum of Fine Arts in Antwerp)
200人の一般聴衆を集めて公開討論会が開催された。

Jos Koldeweij : ボス絵画の下書きは、通常は完成した絵画とは違っている。「十字架を担うキリスト」 の下書は細部まで絵画と一致している、 BRCPによれば、これは別の画家であることを示している。

Maximilian Martens :  しかし、多くの下書き素描が画家の工房では使われているものだ。ラファエロやブリューゲルは、いくつかの様式の下書きを使っているが、それらの作品はすべて真跡とされているものだ。その上、BRCPは、第3の全く異なった下書き様式の作品をボスの真跡としているではないか。なぜこれを真跡として、「十字架を担うキリスト」を排除するのか?

BRCP:「十字架を担うキリスト」に使われた手法は、他のボスの作品には使われていない。BRCPは、人物の耳の形を複数のボスの作品で比較した。「十字架を担うキリスト」の耳の形は、明らかに他のボスの作品とは違う。

Griet Steyaert:これは、、異なる大きさの絵で比較している。。その上、BRCPが使った「十字架を担うキリスト」の中の1つの耳は破損して補筆したものである。

Jos Koldeweij : 耳だけを比較したわけではない。それはひとつの例だ。手や顔の表現にも同様の違いがある。

PAUL VAN DEN BROECK:ボスの構図にはヴァリエーションが大きい。このことが「十字架を担うキリスト」の特異性の説明にはならないだろうか?


JOS KOLDEWEIJ :: ボスは、確かに多くの様式を使っているのは事実である。しかし、ボスは彼の時代のコンテキストの中で仕事をしている。非典型的な「十字架を担うキリスト」は、多様性の中の1つにしては奇妙に見える。それはカリカチュアすぎるし、精細すぎる。

Griet Steyaert: 他のボスの作品にも同じことがいえるのでは??


PAUL VAN DEN BROECK::我々はボスの作品をその全体として知ることはできない。このために、非典型的な作品を既知の作品からの限られた視点の外においてしまう危険がある。ボスが制作した作品の2%しか残ってないと、信じられているのだから。

Griet Steyaert::  技術的な証拠から、「十字架を担うキリスト」をボスの作品でないと主張するのは不可能だ。例えばBRCPはこの絵は額縁にいれて描いたものではない、それは、塗ってない周辺部もないし、額縁のすぐちかくの画面の下地や彩色層が暑くな る現象(berbe bearedtという用語があるそうだ)がないからである、と主張している。これはこの絵が1525-1530以降 に制作されたことをしめしている、と主張している。しかしながら、Griet Steyaertは、これは証明だと考えない。ブリュージュの「最後の審判」 にもゲントの「聖ヒエロニムス」の画面にも同様な特徴のある部分がある。これは、長い年月の間に絵の周辺部が切断されたからである。これはBRCPは矛盾しているではないか、、

結局::
JOS KOLDEWEIJ は、断固、「十字架を担うキリスト」はボスの他の絵画と似ていないと主張した。、
他のスピーカーは、むしろ似ている。特にロンドンの「茨の冠」とブリュージュの「最後の審判」がよく似ていると主張した。

【artdailyになかった情報】
 **複数のニュースソースから当方が推測***
 古い時代に周囲を切り落として縮めているから縁の盛り上がりなんかそもそも存在しない。オリジナルの縁があればある額縁におおわれた彩色しない木材部もありません。だからRoyal Institute for Cultural Heritage によって、1956-57年に修理しておりに、木をまわりに補って額縁にいれることになったのです。したがってオリジナルの材木の木口がみえず、年輪年代法が使えない状態です。
【artdailyになかった情報 終わり】

ゲント美術館の結論
ボッスの絵画と素描は、伝張的に別々に研究されてきた、そこをついたのがBRCPの美点である。その上、最近は研究成果はすべての人にネットで公開されている。加えて、聖ヒエロニムスが美しく修理されたのもこのプロジェクトのおかげであった  「十字架を担うキリスト」の画家がだれであるか議論されたのは、これが最初ではない。四〇年以上もまえからあった。あらゆる文献とここでの討論に基づき、この絵は西洋美術の歴史のなかで最も幻惑的な作品の一つであるに違いないと、当美術館は強調するものである。
   BRCPは「十字架を担うキリスト」を1530-1540年ごろにボッスの原画に基づいて制作されたコピーだと判断した。討論会出席の他の専門家や当美術館にとっては、この絵がボッスの手になるものとする十分な証拠があるものと考える。当美術館 館長Catherine de Zaegher は「美術館の説明版はボッス作のままにする」。同時に、美術館は、近年の研究をふまえた盗作品の修復計画をたてる。言い換えれば、討論はまだ終わっていない。




# by reijiyam | 2019-05-04 14:46 | ニュースとエッセイ | Comments(0)

ゲント美術館での討論会

 

e0071614_14384709.jpg

ボスの「十字架を担うキリスト」(イメージは部分)について、2016年2月17日に ゲント美術館で、 関係者で討論があった。
そのときの概要を紹介したい。
 参加者は、
・Jos Koldeweij はBRCPの代表、確か2001年ロッテルダムのボス展でもカタログ編集していたようだから、かなりお年なんだろうか?
・Griet Steyart 実務的な修復家のようである。
・Maximilian Martensはゲント大学の教授なんだから、ゲント側の擁護者なんだろう。
・Paul Vandenbroeckは、アントワープの人でBRCPにも参加はしていたようだが、立場はやや中立的、ブリュージュの美術館にも勤務していた。
    ゲントでの討論だから、やや地元有利のめんつになっている Jos Koldeweijは、アウェイでの戦いである。
    こういう議論というのは、美術史の様々な方法論や細かい技術、裏の事情などがでてくるので、基本的に面白いものなのだ。


全部よみたいひとは英文で。。英文でも逐語記録ではなく、概要である。
Christ Carrying the Cross by Bosch in the Museum of Fine Arts in Ghent Flemish Primitives
URL::  
http://vlaamseprimitieven.vlaamsekunstcollectie.be/en/research/webpublications/christ-carrying-

the-cross-by-bosch-in-the-museum-of-fine-arts-in-ghent

また、別のもう少し圧縮したレポートがArtDailyにある。短いとはいえ、前述のレポートの不明瞭なところをはっきりさせているような美点もあり、読み合わせるとよくわかる。
ニューヨークのArt Dailyのようである。。
http://artdaily.com/news/85213/The-Hieronymus-Bosch-debate--Authorship-of-Christ-Carrying-the-Cross-questioned#.XI1-7qBUvcs

************* 本文  ***********

BRCPは2010年にボッスの全作品の包括的研究のために組織された。最新の技術に基づき、標準化された手法と比較可能な条件によって、ほとんどのボッスの作品を調査した、6年の研究成果は、2冊の本に結実している。また、BRCPの成果が、北ブラバント美術館での特別展である。
 BRCPは、他の研究者がボッスの作品だとしている2、3の作品を排除した。たとえば、ゲント美術館の有名な作品である「十字架を担うキリスト」をボッスの作品でないと、BRCPの研究者たちは、結論づけた。しかし、ゲント美術館はボッス作品として展示し続けることに決めた。
  討論会のスピーカーは、

・Jos Koldeweij (BRCP)
・Griet Steyaert (independent art historian and conservator
)
・Maximilian Martens (Professor at the Unversity of Ghent)
・Paul Vandenbroeck (academic researcher at the Royal Museum of Fine Arts in Antwerp)

Koldeweijの意見
Jos KoldeweijとBRCPは、 ボスの原作に基づくコピーと推定している。制作時期は1530-1560、
・赤外線レフレクトグラフィーで下書きをみたら、外のボスに帰属された作品の下書きと違っている。また、下書きと絵が一致している。他の作品ではしばしば修正があるものだ。
・形態的特徴(耳や手や衣装の表現特徴)は、他の画家の作品であることを示唆している。
・彩色面の端に絵具の盛り上がりがない。これは絵が描かれたあとで枠にはめたということである。15世紀には、枠に入れた状態で描くのが普通だから、端に絵具の盛り上がりがでる。
・年輪年代法の測定は作品の状態のため実施できない。


Griet Steyaertの反論
16世紀においては。枠に入れて描くことから、だんだんと枠なしのパネルに描くようになったのは確かである。Royal Institute for Cultural Heritage によって、1956-57年に修理しており、その際に縁に木片を付加して額縁にいれているので、現在の状態で、どうこういうことはできない。(よくわかりにくい記述ですが、他の記事(ref)を参照すると、要するに、古い時代に周囲を切り落として縮めているから縁の盛り上がりなんかそもそも存在しない。オリジナルの縁があればある額縁におおわれた彩色しない木材部もありません。だから木をまわりに補って額縁にいれることになったのです、、ということのようです。) 塗っていない基底材がパネルの端にもとはあったかどうかも現在では判定不可能だし、もともと枠に入れて描いたかどうかも判断不可能。
・耳のような細部の比較においては、作品相互の関係とともに、修理の歴史も考慮しなければならない(これもわかりにくいのですが、refによれば、修理箇所で比較してるんじゃないの??という意見)。
・ロンドンNGの「捕縛されるキリスト」(BRCPが真蹟と認定)と「十字架を担うキリスト」の絵筆の使い方は同じであり。同じ画家の筆だと思う。
・私(Griet Steyart)は、BRCPが真蹟としているブリュージュの「最期の審判」とこの絵を両方とも修理したが、同じ画家の作品だと思った。



Martens(マールテンス)の反論

・美術史は厳密科学ではない、どちらかというと、できるだけよい文献を作ろうとする理論どうしの争いである。。
「美術史は過去を予言しようとする一つの試みである。」これはワシントン ギャラリーのJohn Olivier Handかた引用した。自然科学的手法はそれほど効果的なものではない。研究結果は、異論をたてられるべきものだし、主観的意見は排他的なものであってはならない。
・2009年にマールテンス自身ゲントにある2つの作品の赤外線レフレクトグラフィーを撮影した。これから2つの作品の下書きの様式はまったく違っているようにみえた。「十字架を担うキリスト」は、紙の下絵素描を使っていることを示している。聖ヒエロニムスの下書きは、自由な下絵であり、絵画制作過程で創造的なプロセスがあることを湿している。 「死神と守銭奴」 は、第3のタイプで多数のハッチングといくらかの修正がある。
・マールテンスは、1980年代終わりに下絵の機能について人々はたくさんのことを知ることができた、と主張した。下絵を書く人は必ずしも絵を仕上げる人ではない。工房での制作においては、芸術家が異なる様式の下絵を使い分けるのは例外的なことではない。ラファエロ真作だとだれも疑わない作品のなかでも3つの下書きの様式がある。大ブリューゲルの場合もにたようなものだ。
・BRCPは、クローズアップはボッスの時代には稀だtいっている。しかしならがら、15世紀の例がある。シモンマルミオンの写本絵があるし、 Hugo van der Gosの原画は失われているが約40のコピーがあるキリスト哀悼」Lamentation of Christがある。その上、ボッスにもBRCP自身が真作としている「捕縛されるキリスト」The Crowing with Thorns(National Gllery London)があるではないか。
・マールテンスは両作品において顎髭や口髭に鉛泊を使用するという同じ技法があると指摘した。2つは共通の特性があるとはいえ、制作時期が違うのではないかと思う。ただ、マールテンスは同じ画家の作品だと考えている。


Paul Vandenbroeckの意見
・ボスは、自己矛盾・  パラドキシカルな芸術家
・「快楽の園」祭壇画の内面3面の中ですら、様式的な差がある。
・あまりにも少ない作品しか残っていないので、研究が難しい


ゲント美術館の結論

ボッスの絵画と素描は、伝張的に別々に研究されてきた、そこをついたのがBRCPの美点である。その上、最近は研究成果はすべての人にネットで公開されている。加えて、聖ヒエロニムスが美しく修理されたのもこのプロジェクトのおかげであった  「十字架を担うキリスト」の画家がだれであるか議論されたのは、これが最初ではない。四〇年以上もまえからあった。あらゆる文献とここでの討論に基づき、この絵は西洋美術の歴史のなかで最も幻惑的な作品の一つであるに違いないと、当美術館は強調するものである。
   BRCPは「十字架を担うキリスト」を1530-1540年ごろにボッスの原画に基づいて制作されたコピーだと判断した。討論会出席の他の専門家や当美術館にとっては、この絵がボッスの手になるものとする十分な証拠があるものと考える。
当美術館 館長Catherine de Zaegher は「美術館の説明版はボッス作のままにする」。同時に、美術館は、近年の研究をふまえた盗作品の修復計画をたてる。言い換えれば、討論はまだ終わっていない。


ref. The Hieronymus Bosch debate: Authorship of Christ Carrying the Cross questi
http://artdaily.com/news/85213/The-Hieronymus-Bosch-debate--Authorship-of-Christ-Carrying-the-Cross-

questioned#.XI1-7qBUvcs



# by reijiyam | 2019-04-30 14:44 | ニュースとエッセイ | Comments(0)

瓢箪の筆筒

e0071614_07381457.jpg
e0071614_07380485.jpg
e0071614_07375097.jpg
 この小さな筆筒は、主要部分が瓢箪でできている。口縁と底+台座が紫檀で、中央部分の円筒は瓢箪である。 高さ10cm 、 径5cm (紫檀台座の最大径)。

  むろんこういう円筒型の瓢箪が自然なわけがなく、円筒型の型にいれて成長させることでつくるのである。
 さらに、型の内部に凹凸を彫ったり転写したりすることによって、瓢箪の表面に模様や絵をうきだたせる方法もある。この筆筒もそういう方法で山水模様をつけたのかと思っていた。 私は、これを「瓢箪を鋳造する」と称したものだ。まさに青銅器の鋳造方法によく似ているから。
 しかし、最近 瓢箪工芸の専門書 王世ジョウ「中国葫蘆」上海文化出版社、1998 を読んでいたら、どうも違うのではないか? そうではなく「押花」という技法を使っているようだ、と思いなおした。この「押花」というのは、瑪瑙や象牙などの道具で瓢箪の表面を押して線を表す方法で、彫刻と違って表面の皮を切ったり削ったりするわけではないという技術である。確かに鋳造法にしては細かい線がありすぎる。あるいは概略は「鋳造」で模様をつくって細かいところは「押花」をしているのかもしれない。
「鋳造」する方法では、下の別記事にあげた作品のように丸い感じの線になる。

康煕賞玩 瓢箪パレスボウル

https://reijibook.exblog.jp/15302128/
 この本には清末民国初ごろの「押花」の名人 陳錦堂の作品の図版があるが、かなり似た感じである。そうすると、この瓢箪も中華民国時代とみたほうがよいかもしれない。
  しかし、この色や技法の感じは、雍正時代の張希黄の留青の作品や、乾隆時代の貼黄作品と近いものがある。清朝後期の時代のセンスを受けているんだろうか??


# by reijiyam | 2019-04-29 07:57 | コレクション | Comments(0)