三体石経の年代の証拠

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西暦 240年代、
魏の正始年間に制作されたとされる三体石経は、古文小篆、隷書の3字一組になっています。上イメージは、断片になった石の拓本で1920年代に北京の古美術商 尊古斎で採択されたものです、こういう小断片は多数あります。

これには実は年号など全く入っていなかったのです。
魏の正始年間という根拠は、文献で
西晋 衛恒「四体書勢」

 「正始中に、三字石経を立てた」という記述があります。
これが、一番時代が近い記述でしょう。衛恒は291年に殺されていますから。
水経注 巻十六 「穀水」
にも、「正始」の事業であることが、記録されております。

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 実物証拠が無い状態だったのですが、1957年出土の断片が西安の碑林博物館にあり、そこに「..始2年」と刻字があります。ここは碑石の台座にかくれる部分のようです。これに基づいて「正始」という年代の証拠としているようです。これは石碑そのものにある証拠といっていいでしょう。
 この断片がなぜ、西安にあるのか?という問題ですが、文献によると、三体石経は 洛陽->ギョウ ->洛陽ー>西安と数を大きく減らしながら移転したので、西安から残片が出てもおかしくないようです。また、もっと後の時代の好事家が持ち込んだという可能性もあります。

 この拓本がヤフオクに出ていたので、落札しようとしたんですが、思いのほか高くなってしまって、逃してしまいました。
 新出土といってもいいものだし、原石もあるんでしょうから、そこまで高くしなくてもいいのに、と甘くみておりましたが、オークションは勢いということもあるので、まあしょうがないですね。
by reijiyam | 2025-11-11 14:51 | ニュースとエッセイ | Comments(0)
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