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十七帖の翁萬戈本と中村不折本



2007年3月12日に
十七帖の翁萬戈本と中村不折本は同石(同版) 2007/3/12
http://reijiyamashina.sakura.ne.jp/17jho/17jho.html

という文章をアップしておいたが、


 最近、メトロポリタン美術館にあるこの翁萬戈本の写真画像をMETのサイトで得ることができて、
確実に同石であるという証拠を発見した。

下記 図版にある斜めの線が翁萬戈本と中村不折本で全く共通である。一方だけみてたときは紙の折れかとも思ったが、2つで共通だということは、元々の版のキズである。

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ただ、なんで末尾の「悦生」瓢箪印が一方にあって、一方にないのかはわからないが、加えたか除いたかしたのだろう??

by reijiyam | 2016-08-14 11:05 | ニュースとエッセイ | Comments(0)

鮑燕造塔記

これは、北魏 太平真君3年(ACE442)の小さな石塔の台座に彫られたものです。
鮑燕造塔記 この「燕」という字はほんとにこう読むの?この読み方には色々異論があるようです。

北魏のごく初期の石刻文字は意外と少ないので珍重されています。この石の台座の現物は東京鶯谷の台東区書道博物館にあります。
http://www.taitocity.net/taito/shodou/

この拓本(上)は、中国にあったころにとられたものらしく、かなり濃くハッキリとっています。

一方、書品138号 昭和38年3月 掲載の図版(下)は、ちょっと薄くとっているせいか摩滅が進んでいるのかやや読みにくいものになっています。

西川寧氏が注目していたこともあり、ちょっと珍しいと思って紹介してみました

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by reijiyam | 2013-07-14 09:28 | 蔵書 | Comments(0)

嵩山少室闕の残字

 どうも、色々調べた結果、校碑随筆には「前十七行があるが。黄易本で上部4,5字がみえ、下部に半字が十字みえるだけ」張彦生「前三十行あるが摩滅」ということらしい。 
最初のイメージが通常の冒頭部分、二番目と三番目がそれに先行する摩滅剥落して字が殆ど無くなっている部分、一番下に字があるようなないような状態だ。これが「半字が十字」というやつであろう。

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京都大学人文研の拓本
 http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db-machine/imgsrv/takuhon/type_g_b/html/d02-12.html
 http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db-machine/imgsrv/takuhon/type_g_b/html/d02-13.html
でも、この摩滅剥落した部分が少室南面の一部としてあげてあるので、他の碑からもってきたわけではないようだ。また、京大本の一番目には更にボロボロに剥落した面に数字あるようなないようなものがある。

  藝苑真賞社の古鑑閣本影印本は書跡名品叢刊に転載されているものであり、一般に普及している。ところが旧拓らしいのに冒頭の「半字」は収録されていない。他の書道全集・中国美術全集本などみなそうである。むしろ清後期以降の新しい拓本のほうがこの部分を丁寧にとっているものがめだつようである。
 どうも古い時代には黄易のような篤志家研究者以外は、主要部分だけ採拓して満足したらしい。他は紙がもったいないし面倒なのでやらなかったのではなかろうか。
by reijiyam | 2011-12-10 09:52 | 蔵書 | Comments(0)

文賦に紹興印があった

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2009年、台湾の学者(どうも城北國小?小学校の先生?)の趙茂男さんが、
〈文賦〉卷中宋高宗「紹興」印的發現. 趙茂男; 故宮文物月刊; 315 2009.06
というレポートを書いているようだ(未読)。

  ただ、表題だけで、どういう発見だかわかる。

  故宮博物院にある、唐の陸柬之の作品とされている 文賦  末尾にある蔵書印の下に更に別の印があって、それが十二世紀南宋初期 高宗皇帝の宮廷印 「紹興」であるというものだ。
 文賦 について検索していたら、偶然でてきたものだが、しまったやられたという感じもある。まあ、私より細かく観ている人がちゃんといるということだ、後世畏るべし、と思ったものだった。
  
  イメージをあげておくが、上が もとの状態、次が、私自身が、隠された線を赤で描いてみたもの、更に下が同類の印 これは、王羲之の有名な快雪時晴帖に押されている印である。



 文賦の蔵書印は、従来元時代までしか遡ることができなかった。そこで、「元時代の臨書」という説もあったぐらいである。「紹興」印ということは、単に南宋初期に遡っただけでなく、当時珍重されていたのだから、更にずっと古いものであるという証拠にもなるわけで、画期的発見だと思う。
 ここであげたイメージは30年以上前に出版された図録からとったものなので、当時でも、確かにみえているものなのだ。ところが、ちゃんと観察しなかった。見えていても見えなかったわけだ。こういうものは他でも結構あると思う。


  ただ、元時代の収集家が、なぜ  重ねて押したのか? 偽印だと思ったのか?  それとも紹興内府由来であることを隠さないとまずかったのか? ちょっとそのへんがはっきりしないところがある。
by reijiyam | 2011-05-28 09:07 | ニュースとエッセイ | Comments(0)

拓本とその流転

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香港中文大学、旧三井文庫からもレンタルするようです。前は、東京国立博物館と台東区立書道博物館の所蔵品を並べるだけだったんですけどね。
特集陳列「拓本とその流転」
  展示場が平成館の企画展示室という、入り口右の廊下のわきみたいなとこなのでイマイチですが、結構意欲的な展示です。今回、めざましいのは、香港中文大学所蔵の順徳本 西嶽崋山廟碑 宋拓本でしょうか。これは、たぶん現存の四本のなかで一番古く精密な拓だと思います。

 また、めだつものとしては、大阪市立美術館  岡村師古齋コレクションの天発神シ碑の大きな全套本でしょう。これは当時借家一軒分の値段がしたそうです。ま、そうはいっても台東区書道博物館に出る三井文庫の石鼓文は、もっと高かったはずですね。


 これでみると、全くみてないのは香港中文大学所蔵の順徳本 西嶽崋山廟碑と夏承碑ぐらいかなあ。国内のは一応は過眼しているようです。
 東京長崎往復五万ぐらいかかるからなあ、、東京在住なら2,3度はいったでしょうが、迷うところです。

 イメージは展示される九成宮ライ泉銘:犬養木堂旧蔵で、金で印が押してあるのも珍しい。
次が、これも展示される江川碧潭 寄贈の宋拓十七帖:これはかなり古い感じですがちょっと細めですね。


  
by reijiyam | 2011-02-27 09:01 | 日記 | Comments(0)