玲児の中国絵画入門 5 中国画を買ってしまった


e0071614_8373890.jpg


 1975年ごろだろうか、長崎のある会場(ビルの中の貸し会場)で中国の掛け軸などの即売会があった。文革流出品というようなふれこみだった。わりと広い会場にはかなり汚い掛け軸が山積みされており、壁にも多数かかっていた。

 なんで、そんなところに行ったのか、よく覚えていないが、実家の近くだったので口コミや看板もあったのだろう。

 幸い!?「山水画は唐宋が素晴らしかったが明清は堕落した」「有名画家の作品には贋物がごまんとある」という「予備知識」をもっていたので、「沈周」や「文徴明」、「王石谷」などと麗々しくサインが入った汚い絵を全て無視して、無名画家の花卉画になんかいいのがないかと漁ったものである。意外だったのは、良いものがあるかもと思っていた墨竹画がひどいものだらけだったことである。

 そのとき買った2点は、意外と良いもので、現在まで捨てずにもっている。
  一つは西レイ印社の初期の社員 阮性山の1928年の若書きの細長い菊石図である。どうも菊蘭竹梅のセットだったものの1つだったのではないかと思う。この細長い形はそう考えると納得がいく。

   阮性山の発見
    
    にも書いておいた。
   もう一つは「竹初」という名前だけがある花と桃の絵で、たぶん嘉慶年間ごろの銭維喬の作品だと思う。これは買ったとき既に破れがあり、ひどい状態だった。その後、色々な経緯で紛失し、また戻ってきたので、友人の宮坂氏に表具をやりなおしてもらい、ずいぶん立派になった。

 大学生のとき、これだけのものが買える眼をもっていたということが当時わかってたら、職業選択を考えたほうがよかったかもしれない。当時これらの絵は「きれいな無名画家の絵」で「金にはならないが古い」ものであった。額縁屋・表装屋に「表装しなおしたい」ときいたら、表装する価値がないものだと言われた覚えがある。ある程度価値のあるものだとわかったのは21世紀になってからである。

 当時、即売会で売られた「文革流出品」は、どこから来たものか、今ならある程度は想像できる。一つは鄧雲卿が「魯迅と北京風土」で記述しているような、北京の瑠璃廠の画棚でカレンダーのようにつるして売られていた膨大な贋物と無名画家の山である。もう一つは紅衛兵に燃やされずに没収された分で博物館などにいれる価値がないとされた贋物と主として清末民国の土豪劣紳・地主階級の堕落芸術で、広州交易会などでどんどん輸出されていた。


# by reijiyam | 2015-03-30 08:49 | 中国絵画入門 | Comments(0)

玲児の中国絵画入門 4 吉村 貞司の煽り




大学の教養部のころに、中央図書館でレポートの参考書を漁っていたとき、

吉村 貞司: 中国水墨画の精髄―その逸格の系譜 (1978年) をみつけた。

吉村 貞司 (よしむら ていじ、1908年9月24日 - 1986年1月4日)は、日本の文芸評論家・美術評論家で著作集まで刊行されているようである。
この東文研のデータがわりとよくまとまっている。
http://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10274.html

この本は後半部は中国絵画じゃなくて日本画や日本の画壇のことが書いてある。

この本は、煽りの多いプロパガンタ的な本だが、フランスの5月革命以降学生運動があった当時ではさほど違和感はなかった。梅原猛すら文化大革命を評価して「倫理性の回復」とか美化した文章を書いていた時代である(REF 哲学の復興 講談社)。

 優れた画家は、皆、体制に反抗して山中に隠棲自給自足をしながら自然を観察して名画を描いた、ということになっている。また清初の画家たちは、皆、反清運動の闘士で、絵画に政治的反抗を秘めたということになっている。正直言ってデタラメな本であるが、2つ とてもいいことが書いてある。


e0071614_1255248.jpg


 五代北宋時代の荊浩、関同、范寛、許道寧の作品がいかに素晴らしいかを力説し、范寛の渓山行旅図(台北國立故宮博物院、イメージ)の良さを示してくれたことである。特に右下、極小さなロバのキャラバン・旅人たちの列(CLICKして拡大しないとみえないと思う)に注目して、この巨大な山岳の空間性を認識するように誘導したことがありがたかった。前回のサリバン先生の本では右上の滝に注目しているが滝の描写は日本絵画にも多いのでさしたるものとは思わなかった。この吉村氏の本で、私も渓山行旅図をみてみたい! という気になった。入門書というのはこういう気持ちを起こさせるものではないだろうか? そういう意味で間違いだらけでデタラメの多い本ではあるが、私には役に立った。

 もう一つよかったのは、明末清初の新安派の画家 戴本孝(1621-1693)を紹介してくれたことだ。このぼやっとした特異な表現方法は興味深い。この本で紹介していたのは、米国の翁萬戈コレクションの画册の一つだった(下)。中心部の巌窟に座った人を描いているところから、画家の孤独と隠れ潜む心情を推定しているのだが、他の絵をみてみると、もっと開放的な作品や色合い豊かな作品も多く、決めつけはよくないなあ、と思うところである。しかしながら、吉村氏が注意しなかったら、この 戴本孝に注意することはずっと遅れただろう。ちなみに京都国立博物館の西上実氏は中國繪畫史論集 : 鈴木敬先生還暦記念の中で「戴本孝について」という専門論文を書いていて私もコピーをとって珍重していた。


e0071614_1265015.jpg





 この本のさらなる欠点としては、やはり鑑識が甘く、故宮名画300種とかいうような古い図録の画家名同定を鵜呑みにしていることだ。例えば、この本に北宋山水として図版となっている下の伝許道寧の雪景 も十七世紀以降の模倣作である(台北國立故宮博物院)。



e0071614_1273572.jpg

# by reijiyam | 2015-03-29 12:08 | 中国絵画入門 | Comments(3)

玲児の中国絵画入門 3 本を読んでみた

e0071614_5415234.jpg



 今日でもそうだが、1970年代では、なかなか中国絵画の専門書はない。

で、1970年代後半の当時、たまたま、

下店 静市(しもみせ しずいち、1900年2月16日 - 1974年6月26日)の
支那絵画史研究 (富山房 1934年)を読んでみた。

なにせ「支那絵画」の専門書というのだから、期待したのである。ところが、分厚い割には、魅力的な図版が少ない。まあ、戦前の出版でモノクロなんだからしょうがない。しかしもっと違和感があったのは、「唐宋の絵画」を異常にもちあげ、元以降を「堕落」としてけなす姿勢である。清の王原祁なんてボロボロにけなしている。まあ、現在の私も王原祁をそう好きなわけではないが、そこまでいわなくても、という感じがする。


 だいたい、絵画の本を読むというのは、魅力的な作品を知りたいというのが動機の一つだろう。それが、あまりない。だいいちその素晴らしい「唐宋の作品」で感心できる作品があまり紹介されていないのだ。唐時代の有名画家の作品なんか何も残されていない、というのだからしょうがないが、宋時代の作品もたいしたことがない。作品がないのになんで「唐宋」の作品を褒めることができるのか不思議という他はない。存在しない「唐宋」の作品をほめあげ、一応存在する「元明清」の作品をけなすというのは、戦前の中国絵画の記述の通弊で、「絵画のない文献だけの美術史」などといわれたものである。それでも、この本の中で、一つだけ魅力的で、よく覚えているのが、現在、台北の國立故宮博物院にある 伝燕文貴 秋山琳宇 図(165x58cm)で(イメージ)、これは著者:下店 静市氏も北宋時代の傑作として、最高級にべた褒めしている。ところが、現在ではこれは十七世紀の模倣作・贋物ということになっていて、ほとんど展示されないのは残念だ。絵としては面白いのだから、なんとか救いようがないかなと感じるところである。


e0071614_5433171.jpg



このころ、図書館で借りて読んだものに、

中国美術史 (新潮選書) 1973/9
マイケル・サリバン, 新藤 武弘 (翻訳)

がある。現在もっている本(イメージ)は、ずっとあとで東京で買った。「諸橋蔵書」の印がある本だから、あの大漢和の著者の所蔵本かもしれない。

これはオックスフォード大学のサリバン先生による中国美術史 の定番本の翻訳で本当によくできている。多少の補遺で現在再刊しても充分役立つ本だ。新潮社には再刊を要望したい。 翻訳の底本は、1973年版の英語版とほぼ同じもの(図版は違う)である。実はサリバン先生が直接訳者に送った原稿なので 文章も1973年版本と絶対同じかというと違うところがあってもおかしくないが、読み比べるとほぼ同じといっていいと思う。

当時は、実はざっと読んだだけだったように思う。一見、平凡な概論書・教科書にみえるこの本の結構深い面白さを全部吸収したとはいえない。どちらかというと絵画部分ばかり読んでいたような記憶がある。

 かなり影響を受けたのは、贋物・模倣作・補修の鑑定が重要で、充分批判的にならないと研究自体なりたたない、という示唆である。

たとえば、、

234p> 現存する古典的絵画の多くが、様々な過程を経て原本か模本かを知るすべもなくなっており、せいぜいある画家ないしある時代の画風を示しており、本物とみなせるだけ古そうで質もよさそうといえるくらいである。時には、あとから同じ絵のもっと調子の優れたものが出現してはじめて模本とわかることがある。この分野では鑑定は最も難しく、いまだかって騙されたことのない専門家はなく、近年の欧米における傾向としては、中国人や日本人の鑑識家にばかり頼っていられない気持で過剰な注意を払うようになってきている傾向にある。

295p>かれ(仇英)の見るからに楽しい絵画は中国でも西洋でも愛好され、そのためもあって中国美術史上で王石谷に次いで贋物の多い作家であるといえよう。

329p>王石谷は前代の巨匠たちを模倣することにとくに才能を発揮しており、台北國立故宮博物院やそのほかのコレクションにある五代や北宋の山水画のうちのかなりのものが、かれの作品であることにほぼ間違いない(おそらく、上記の燕文貴もその類だろう)。

 別にサリバン先生は奇矯、激烈な批評家でもなんでもなく、穏健で、むしろ点が甘い英国紳士オックスフォードの教授なのだから、いかに中国絵画の世界がすざましいものかがわかる。

 こういう記述を読んだ後では、鑑賞の仕方が大きく変わるはずである。
 しかし、ナイーブな学生は、まだまだ、そこまで徹底しなかった。

# by reijiyam | 2015-03-29 05:47 | 中国絵画入門 | Comments(0)

玲児の中国絵画入門 2 尖った山水画と宋元画



学生時代に、老荘思想などへの関心から派生して、中国絵画に関心をもってみたが、
まともな中国絵画の図録や本が全くない。ただ、世界美術全集などの一部に中国絵画の解説があった。

そのなかで小さな図版でみた

伝 馬遠 風雨山水図  (111x56cm 東京 静嘉堂文庫 国宝), はわりと気に入った絵画だった。


e0071614_724273.jpg



 遠景に、尖った峯が林立しているのが、先回に言及した仙境的な趣があることや、近景も含めた大きな空間性を作っていることで、気にいったんだと思う。

 この絵は東京在住の折、静嘉堂文庫美術館などで何度かみたことがあるが、どうもそれほどは感動しなかった。粗悪な図版の方が影響力があったというのが、まことに不思議である。

  これは、国宝であり、日本に古くから伝世したものだろう。日本でいう「宋元画」「水墨画」の典型の一つである。

 どうも、日本の中国絵画の研究者には、水墨画・南宋絵画などに偏重する人が多い。これは、もともと室町時代以来の日本の中国絵画の賞翫・鑑賞が雪舟・狩野派などを経た南宋元の禅宗系水墨画から入ったことが多く、その系統のものが異常なくらい高い評価をもっている。これは東山御物以来茶道で尊重されたことと関係があると思う。 そのために中国本土では絶滅した宋末から元時代の禅宗系絵画が多数、日本で保存されたという功績もあるが、その反面、日本の中国絵画研究者の評価基準や眼のつけかたにかなりの偏りをもたらした弊害もある。
なにしろ、1950年代ごろなど戦後早く、台中(当時 國立故宮博物院はここにあった)にいった日本の学者は、日本でみなれた「宋元画」の基準でみるので、まともな観賞ができていないように思う。ジェームズ ケーヒル氏のほうがよほどまともに観ていた。また、戦前も阿部コレクション(現  大阪市立)を東京国立博物館のスタッフは全く評価しなかったという信じられないような逸話がある。

# by reijiyam | 2015-03-28 07:04 | 中国絵画入門 | Comments(1)

玲児の中国絵画入門 1 中国絵画のイメージ

 1970年ころの日本人学生がもつ中国絵画のイメージというのは実に貧弱なもので、「中国絵画の代表作」をあげようとしても頭に絵のイメージも画家名もでてこないという有様である。一方で、レオナルドダビンチのモナリザとかクールベの「波」とか、ヌードがきれいなのでボッシュとかジョルジョーネとかは知っていた。また後期印象派のデュフィの筆致やシュルレアリスム系のキリコやエルンストの不思議な絵も好きだった。日本の画家なら逸話があった雪舟とか青木繁とかは、知っていた。しかしながら、中国絵画については画家の名も作品名も何一つ知らなかったのである。

 一方、妙なことに中国絵画」「山水画」の漠然としたイメージはあって、それは絵本やマンガなどの無名のイラスト・図像などから、頭の中で形成されてきたものだろう。それは、尖った不自然な山岳が林立し、雲気がたなびく仙境のようなものであった。

  そういう絵を現在まで残っている歴代中国絵画からさがすと意外に少ない。
明時代中期の仇英(ACE1494?-1552)の仙山楼閣図(台北故宮)がわりとイメージに近いと思う。

e0071614_8113229.jpg


少し拡大してみると、右はしの断崖に沿った道、山間にある楼閣、細長く林立する峯の間に雲がまつわっているところなど、昔いだいた「中国の絵」のイメージそのものである。


e0071614_812080.jpg






 こういう仙境画は下の(遼寧省博物館)の小品もある。これは両宋名画册という小品のアンソロジーに入っているが、南宋時代というよりもっと新しいものではなかろうか? こういう仙境画は、由緒のある立派な絵は少ないが、雑な絵や道観や寺院の壁画や版画、挿絵、陶磁器の絵などとして、民間に相当多いのではなかろうかと思う。


e0071614_8123917.jpg





また、ケーヒル先生が北宋末南宋初めの李唐にアトリビュートした奇峯萬木図(台北故宮)もわりとそういう感じだと思う。


e0071614_819462.jpg



 また、中国土産品店でよく売っていた「コルク画」の細工物のイメージも、大きいと思う。これらはどうももともとはお葬式のときに燃やして、あの世で、こういう豪華な庭園に棲んでくいださいと願うものらしいが、当時はそういうことは知らなかった。台湾映画「非情城市」のお葬式の場面で燃やすところをみて、あっと思ったものである。ただ、このコルク画自体は1920年代に始まったものだそうで、意外に新しいものである。ただ、その祖型のようなものは中国にあったと思う。




山水画以外の絵画ジャンルに眼がいかなかったのは、「山水画」が眼をひくものであったためだが、粗悪で小さな図版では、花鳥画は日本の絵と変わらないようにみえるし、美人画はちっとも美人にみえない顔だし、いかめしい役人王様のしかもあまりリアルでない人物画なんか面白くもなんともないからである。

# by reijiyam | 2015-03-27 08:13 | 中国絵画入門 | Comments(0)