玲児の中国絵画入門 10 北宋



玲児の中国絵画入門 9 鳥瞰図で文字だけであげたものを実例で絵解きしていくことにする。
ただ、あまり しっかりした解説ではなく、ゆるい感想程度ね。

まず、北宋時代の山水画と花鳥画と白描画、

最初は、范寛の 渓山行旅図(絹本 軸装 台北國立故宮博物院)

  まあ、なんといっても、右下のロバのキャラバンの小ささと精密さ。この精密さは清明上河図に優るとも劣らない。それと対比するこの圧倒的な山岳の巨大さ。この強烈な構想にまいってしまったんだよなあ。。この絵は2m6cmもある大きな絵です。たぶん、もとは屏風絵か壁画だったんじゃないかと思います。

なおこれは純粋な水墨画ではなくかなり他の絵の具が入っているそうです。


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次は、ちょっと意外かもしれないが梅花集禽図(絹本 軸装 台北國立故宮博物院)
 本来なら崔白の双喜図(台北國立故宮博物院)をだすところでしょ。実のところ、梅花集禽図の良さはケーヒル先生のSKILA社刊行の本Chinese Paintingを読むまではよくわからなかった、
 北宋画院の大規模な障屏画で、現在まで残っているただ一つのもの、といわれれば、まさにそのものです。高さが2m58cmもあるんですよ。これは。
  部分部分をみると、いわゆる「徽宗皇帝の花鳥画」そのもののじゃないかな? 典型的な宋の鳥画の大幅として、あえて注目してみたい。全体の構想や緊密さは崔白の双喜図のほうが優れていると思います。

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 そして、現在行方不明ですが、李公麟の唯一の真跡と呼ばれた五馬図巻をあげてみます。この図巻は最初の馬は一番優れていますが、最後はかなり劣っている。後ろのほうは取り替えられているっぽいです。第一の馬の部分を拡大してみます。

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  最後に、後世でよく使われる米法山水の始祖である米フツの絵はまるで残っていないけれど、その子の米友仁の絵はかろうじて残っている。ひどく傷んでいますが、上海博物館のこの雲山図巻はかなり良いと思います。部分図をあげます。下部に線があって空白になっていますが、これは他の米友仁の絵にもあるんで米友仁のクセだと思います。


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# by reijiyam | 2015-04-07 10:24 | 中国絵画入門 | Comments(0)

玲児の中国絵画入門 9 鳥瞰図


 前回、宋以後だけが歴史として語れ観賞できると述べたが、宋以後でも1100年ぐらいある。
 西洋絵画史を見る場合、まあルネサンスがあってバロックがあって印象派があって、20世紀には抽象画だなんだ、ということでというざっくりした分け方でなんとなく解ったような気になるものだ。中国絵画で、宋以後で、そういうことができないのだろうか?

 まずはっきりしているのは、伝統的中国絵画の下限・有り体に言えば滅亡の時期で、それは、大平天国の乱・アヘン戦争のころである。これ以後、上海中心の「国画」の繁栄、西洋絵画の影響、日本の改革された日本画の影響などで、全く様相が変わってしまう。

 次に宋からアヘン戦争までの間で、いくつかの高峰、後世から典型とされ仰ぎ見られ、模倣され、贋物が作られる時代や作品群・流派があるわけだ。

 1.北宋時代の山水画と花鳥画と白描画、
 2.元末四大家(黄公望、呉鎮、王蒙、倪雲林)、
 3.明中期の蘇州の沈周 文徴明、仇英。
 4.明末清初の爆発的な多様化
 5. 乾隆アカデミズムと揚州派の時代


 この5点を押さえておけば、あまりひどい脇道にそれたりしないと思うし、なんとなく見通しがよくなると思う。
 勿論、この他にも重要な画家や画派や部門や作品は膨大にあり、日本に保存された宋元水墨画を無視するのかとか、抗議が多いだろうが、まずメインストリームを提示しないと五里霧中になってしまう。

# by reijiyam | 2015-04-04 09:30 | 中国絵画入門 | Comments(0)

玲児の中国絵画入門 8 唐以前と宋以後

 中国絵画の歴史を現代から眺めるとき、唐と北宋の間に大きな断絶がある。

宋までは歴史、唐以前は考古学の対象である。

北宋まではなんとか、地上で手から手へ伝世された絵画をみつけることができる。唐時代以前となると、(日本伝世など)ごく希な例外を除いてそういうものをみつけることはできず全て盗掘品なり考古学的発掘品なりに頼ることになる。敦煌石窟壁画は一応地上だが、どちらかというと考古あつかいではないか? 小杉一雄は「忘中古」という面白い呼び名で敦煌石窟壁画を読んでいる。また敦煌の石室から発見された文書・絹画などは壁をこわしたとき発見したのだからどちらかというと発掘品である。 発掘品の場合、時代ぐらいはなんとかわかるが、特定の画家や流派に結びつけることは難しい。

 中国の地上の文化財は会昌の廃佛、唐末五代の戦乱で徹底した破壊をうけたと言わざるを得ない。


それは、晩唐の849年(「860年ごろ」は間違い、すみません)の歴代名画記と 北宋末の米フツの画史を比較してもわかる。歴代名画記には、「顧ガイ之・陸探微・張僧ヨウ・呉道子の絵画を集めて初めて立派な収集だといえる」と書いてある。多少の誇張もあるだろうが、そんな収集は、11世紀には徽宗皇帝でも困難なことであった。その間たかだか250年である。


 そのため、明以降になると、南北朝時代や唐時代の絵画は模写本やもっともらしい贋物すら殆どなくなった。そのため、当時の画家がどういう絵画を描いたのか全くわからなくなり、画風によって画家を推定することすらできなくなった。例えば 大阪市立美術館の「五星二十八宿神形図巻」に対して董其昌は呉道子だといい、陳継儒は閻立本だという。別の文献では張僧ヨウだという。 歴代名画記の著者なら画風が大きく違ってみえただろうからそんな変な意見はでるはずはない。 明時代には、文献記録だけは残っているので、画家の名前だけはわかる。こういう事情は、欧米でギリシャローマの画家の名前だけは文献で残っていて(アッベレースとかエウドクソスとか、、)絵画自体が全て失われているという状況に近い。 それでサインのない古画に適当な画家名をあてることになり、その結果として、ピカソの絵にルーベンスやレオナルドの名前をつけるような時代錯誤が少なくないことになった。


# by reijiyam | 2015-04-03 08:01 | 中国絵画入門 | Comments(0)

玲児の中国絵画入門 7 谿山行旅図をみにいく

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ネルソン クリーブランド展を観たことで、再び中国絵画とくに山水画への関心が掻き立てられた。

玲児の中国絵画入門 4 吉村 貞司の煽り
http://reijibook.exblog.jp/22914314/

で、あげた 范寛の 渓山行旅図の実物を是非 観賞したいと思うようになった。

 東京国立博物館の東洋巻で中国書画はしょっちゅう展示替えしていることを知っていたし、所蔵している絵画が展示されていなかったベニスの美術館、玄関までいったが閉館だったロッテルダムのボイマンスなどの苦い経験がある。事前に展示しているかどうかを知らねばならない、と思った。わざわざ行っても展示していなければ無駄である。

  そこで、旅行社に相談したが全くダメ、日本における中華民国の実質的な大使館である台北駐日経済文化代表処
http://www.roc-taiwan.org/JP/

に手紙を出して、秋の10月10日~11月20日に名品展をやっているので、そのときいくといい、という情報をなんとかもらった。当時は、台湾にいくのにもビザがいったので、かなり前に準備しないと旅行自体できない。当時は、日本人がホテルに泊まると売春斡旋がうるさいという評判だったので、台北駅前のYMCAにした。結局1984年11月16日~18日で台北國立故宮博物院を訪ねた。

このときのメモが残っているが、「頭がオーバーヒート」と繰り返し書いているくらい興奮した。
なんせ、イメージのような豪華な惜しみない展示方法だったので、強烈な衝撃を受けたのだ。

 これほどの大盤振る舞いは、現在ではあまりやらないが、それでも、結構惜しみなく展示するほうなので、中国絵画 観賞の入門としては、極初歩のことを知ったら、台北國立故宮博物院で名画展をやっているときを狙って観賞することを是非お薦めする。最近はインターネットで展示情報を容易にとることができる。1990年代のように苦心惨憺し、手紙を出したりして情報を得る必要はない。中国書画の美術館などでの鑑賞のときいつも悩まされるのは、この展示替・展示期間などの問題であるが、現在ではインターネットによって、ある程度は改善されたのだから利用しない法はない。


 北京や上海に何度通ってもこういう経験はできない。刺激が強すぎたせいか。その後、1980年代に、北京故宮博物院の明清画展示を見たとき、ほとんどみるべきものがないと過小評価したぐらいである。

 その後、東京国立博物館の東洋館の中国書画ギャラリーには定期的に通って観賞していたが、
中国絵画を収集することは到底無理と悟って諦めた。むしろ拓本や書道史、古代の文物に関心を移すようになった。個人的事情もあり、台北國立故宮博物院に再訪するのはずっと後の1990年代になってからになる。

# by reijiyam | 2015-04-01 08:56 | 中国絵画入門 | Comments(0)

玲児の中国絵画入門 6 ネルソン クリーブランド展

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東京へ移ってからは、東京国立博物館に通って東洋館の中国書画の常設展をみていた。当時、中国書画を常設!していたのは、日本中でここだけではなかったか?それに、比較的信頼できそうなところもいい。
 
 その東京国立博物館で、1982年10月5日~11月17日に開催された特別展
「米国二大美術館所蔵 中国の絵画」(イメージ)は画期的なものだった。

  現実問題として、これを観た経験と台北國立故宮博物院での経験が私の基準になっているといっても過言ではない。それほどの衝撃があった。残った切符半券を数えても五枚あり、たぶんそれ以上いっているから6回以上は行っていることになる。

  これは米国のカンサスシティーのネルソンアトキンス美術館とクリーブランド美術館が共同で開催したもので、 まず、カンサスのネルソンアトキンス美術館で1980年11月7日~1981年1月4日、次に、クリーブランド美術館で、1981年2月11日~3月29日に開催した。1981年10月に東京にもいくことは当初から予定されていたらしい。 この展示は、東京国立博物館の本館の2F全部で開催された。はっきりいてガラガラで、もったいなかった。

当時の東京国立博物館ニュースを引用すると「281件を陳列し、周~漢時代から清時代中期に至る中国全時代の系統的観賞の機会とした。北宋山水画の傑作や日本に優品の少ない元明清時代の文人画など、これら中国絵画本流にあたる作品の優品はよき眼福の折となり、」である。

 まあ、「周~漢時代」というのは大げさで南北朝時代までは少数の考古品のみ、有名な石棺石刻画も拓本のみだったし、唐時代として確かなものはなんと日本人旧蔵の敦煌出土の画稿・落書き だけだった。しかしながら北宋~清の末期大変天国の乱直前まで系統的にまともな作品が鑑賞できたのは驚異的だった。古原宏伸氏は当時 ミュージアム379号に「中国絵画の復権」という文章を書き、数点をあげて議論したあと、「批判がましいことをいえるのは、ほとんど以上にすぎない。二つの大収集を対象としたとき、これは驚くべき質の高さである」と絶賛していた。これを読んだとき、これは基準作にできる展覧会だ。無理しても通わなくては、と思ったものだ。

現在では、この言葉を文字通り真に受けることはできないが、それにしても粒が揃っている。仮に模本や贋作であったとしても、いかにもその時代その画家風のものであって、モネの絵をボッテチェルリにしてしまうようなムチャクチャなことはない。従来、中国絵画ではそういう無茶が平気で行われた。

訂正すべき点をいうと、
 クリーブランド美術館  雲山図巻の自題というような問題があるし、仇英の素晴らしく美しい潯陽送別図巻もどうもシカゴ美術館所蔵の桃源図巻から派生したものというの議論もある。 しかし、281件という量では、いくらか問題があるのはあたりまえである。普通の展覧会だと問題があるもののほうが多くて、素直に観賞できるもののほうが少ないという場合すらあるのだ。

 この展覧の特色として挙げられることは、明時代の作品が充実していて、しかも名のある画家の傑作と思われる作品が揃っていたことだ。文徴明の枯木図も良かったし、沈周文徴明合璧図冊も良質だった。董其昌の代表作といっても良い作が並んでいた。呉彬の五百羅漢図巻も壮大な作品だったし、クリーブランド美術館の明後期の丁雲鵬(1547-c. 1621)の玄コ出雲天都暁日図(Morning Sun over the Heavenly Citadel Peak, Ding Yunpeng 所蔵番号1965.28)は驚異的な作品で、会期の最後にはこれと許道寧「秋江漁艇図巻」だけを観にいったようなものだ。考えてみれば私の仙境図好みにあっていたのかもしれない。

また、清初の八大山人の作品も素晴らしく、法若真の雪山図巻はものすごいものであったし、日本も多いキョウ賢の作品だが、ここに展示されたような優れた画册(もと日本にあった博文堂で影印)や、壮大な2つの画巻のような傑作があるだろうか?と思う。

 これらによって、なんとなく植え付けられてきた「宋元画だけが素晴らしく明清画は堕落していて劣っている。」という先入観・迷信が「実物によって」、私の中で殆ど打破されたのが何より良いことだった。

 あまり感動したので、高かったし後日受け取りであったが英文カタログ(下イメージ)も買った。これがまた美術全集の一巻ぐらい重くて分厚く、しかも情報量が多い。あとで気がついたが、ミュージアム380号に掲載されたマークF、ウィルソン「馬遠筆画巻について」という論文は、書き下ろしの寄稿かと思ったら、なんとこのカタログの作品解説文を翻訳したものだったのだ。つまりこのカタログは論文なみの解説がどっさり詰まっているということになる。それに気がついたあと巨然谿山蘭若図の解説の翻訳を試みたりした。カバーは呉彬 五百羅漢図でこれも美しい。

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# by reijiyam | 2015-03-31 10:14 | 中国絵画入門 | Comments(0)