<   2011年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧

富春山居図について

e0071614_12582124.jpg


2011年7月2.3日に富春山居図 特別展を台北故宮博物院でできるだけ詳細にみた結果、
次のようなことを考えた。

1.焼失・切断された部分の長さは短い
・沈周臨本の第1紙にあたる部分はあまり長くない。現在の剰山図の二倍程度である。沈周臨本の巻頭の沈周印からすると、巻頭は切れていない。
・子明本も同様である。
・長い(5尺)と記述する記録は全て、清代の殉装焼却事件以後の記録である。
・鄒之麟の臨本は 最初に長い平沙の部分があるが、他の部分もかなり違う。沈周が最後に一景付け加えたように、明人の臨本には追加補足する習慣があるのではないだろうか?


2.第一紙はもともと取り替えられていたか?
  現在の剰山図は下手すぎる。シュンにしても樹法にしても無用師巻とは大きく遜色がある。紙質は少し汚れているぐらいで似ているが、呉氏の手に入る前にとりかえられているのでは?

  董其昌が呉氏に抵当として渡したときに、既にとりかえられていたのでは? 少なくともこの時点では現在の剰山図と無用師巻がつながっていたはずだ。

「1650年以降に切断されたものの再会」には違いないが、黄公望のオリジナルの再会とはいえないのではなかろうか?

3.沈周臨本の性格
  ・淡彩本、少し丈が高い
  ・雲気雲霧の表現はオリジナルより優れているところがある。
  ・最後に一景追加+ 無用師巻ではかなりぞんざいにあっさり描いている終景をかなり丁寧にかきなおしている。
  ・補完部分にはいわゆる沈周風がよく出ている。

4.子明巻の性格
  ・董其昌プロトコルにのっとっている。董其昌が観た富春山居図という感じすらする。もりもりとした山や唐突な丘の突出が肉食的で、あっさりしてない。
・巻末の切断が唐突。おそらく真の画家のサインや題詞などがあったので、切断してしまったのだろう。
・乾隆帝が愛好したのは董其昌絵画愛好を通して富春山居図を想像していたからだろう。
by reijiyam | 2011-07-17 12:59 | ニュースとエッセイ | Comments(0)