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崇善楼筆記の海外流出石刻

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昨年10月上海書店から出版された王荘弘さんの著書「崇善楼筆記」は、久しぶりに熱中して読める本だった。当代一流の拓本研究家が、その鑑賞経験を直裁に語っているものだから、とても魅力的だ。教科書的なものではなく自分と同じくらいの知識のある人間に語るというスタンスなので初歩的な解説は一切ないし、図版もゼロなのが清々しい。そのため膨大な情報がこのさして厚くない本に凝縮されている。また「筆記」なので体系的なものでなく折に触れて書いたものを校訂したものだから、精粗があるがそこがまたリアルである。簡体字なので時々隔靴掻痒になることもあるが、まあ仕方がないのだろう。
 中国絵画や書法と違って、台北故宮博物院には拓本が少ない。おそらく国民党がもっていくとき優先しなかったのだろう。有名なものといったら、定武蘭亭真本(これはすごいが)、道因法師碑北宋拓本ぐらいで、他は貧弱そのものである。去年「傳移模写」展で九成宮の拓本をみたときその貧弱さに唖然としたぐらいだ。従って大陸にはかなり古い良い拓本が残っていた。王荘弘さんが「文革のせいで古籍善本は10に一つも残っていない」と嘆いている中国人自身の手による」大破壊があったあとでも、北京や上海の拓本コレクションは優秀であり、大陸における拓本研究は水準が高い。
 ちょっと気になったのは、末尾近くに220-249pに歴代外流石刻という章があり、海外に流出した石刻を列挙してあるのだが、ここは間違いが多い。海外の博物館の目録などで調査せず、中国人の伝聞や記録に頼ったところがあるのかもしれない。やたらと「日本にある」と書いてあるがそんなものはみたことがないものが多い。空襲で破壊されたり、欧米に日本から流出したものもあるのだろうが、あきらかな間違いもあるので少し訂正しておく。
 220P 文叔陽食堂画象題字: これはベルギーのブラッセル王立歴史博物館にある。日本とは関係ない。文叔陽食堂題字の原石という文章と写真を私自身サイトにあげておいた。周季木ともあろう人が「日本人が買っていった」などと大嘘を書いてはいけないと思う。
 221p 漢左元異萬年ロ舎石柱: カナダのトロントロイヤルオンタリオ美術館にある。「ロンドン博物館にある
」という王氏の記述は間違い。中国で活躍していた毛皮商クロフツのコレクションの一つ。
 226P 晋呂憲墓表 日本江藤氏となっているが、台東区立書道博物館にある。
      北涼 且渠安周造功徳 ベルリンにあることになっているが、ベルリン空襲で粉々になった。

 230p 魏 曹望僖造像 パリまたはスウェーデンにあると書いてあるが、実は米国のペンシルバニア大学美術館に昔からある。

249p 唐佛頂尊勝陀羅尼経どう : 東京帝室博物館(東京国立博物館)にあると述べているが、そんなものはない。王氏は帝室博物館の印章がある拓本をみたことがあってそう判断しているのだが、これはおそらく他の所蔵である石刻の拓を博物館で採っただけで所蔵しているわけではないのだろう。

  まあ、ちょっとみただけでこれくらい問題があった。
  ただ、意表をつかれてちょっと調べる価値があると思ったのは 魏馮ヨウ妻元氏墓誌が日本にあるという指摘だ。また嘘かと思ったが、実は本当だった。ただ今どこにあるのか、あるいは空襲で消えたのかはわからない。この墓誌は蓋と側面に華麗な線画が彫ってあり、戦前にも注目されていた。奥村伊久良氏の「瓜茄」(「古拙愁眉」に収録)にも大きな図版(イメージ)とともに解説がある。そこでは大坂の浅野氏の所有となっているが、あそらく古美術商の浅野梅吉氏だろう。どうもその後どうなったかさっぱりわからない。京都大学の拓本データベースにも拓本はあるがあまり良いイメージではない。原石がなくなっているとしたら拓本の良い複製をつくっておいた方がよいと思った。



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by reijiyam | 2009-04-19 08:23 | 蔵書