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万葉集


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この、朱での注釈がはいっている、万葉集印刷本は、人形作家、鹿児島寿蔵が使っていたものと同類のものかもしれない。 鹿児島寿蔵の作品には、なんともいえない余裕と明るさがあって、古代のエネルギーをそのまま受け取れる」ような気がする。
このもと本は、元暦校本万葉集であり、平安後期の写本である。その写本を江戸時代の学者 塙保己一が模写させ(というのも彼は失明していたから模写は無理)、その子が開版した版木で刷ったものらしい。渋谷の塙保己一史料館に同様な版木が残っているという
by reijiyam | 2008-04-20 11:12 | 蔵書

鹿児島 寿蔵の人形

人形作家、歌人の故 鹿児島 寿蔵(1898年12月10日 - 1982年8月22日)氏 作の人形にはなんともいえぬ生命感や、日本人らしい古代へのあこがれが溢れていて、とても好ましい。人間国宝などというランク付けは、嫌いだし、人間国宝の方の作品でも,どうにも感心しないものがあると思っているが、鹿児島 寿蔵氏の受勲・受賞は良かったと思う。
  講談社 昭和52年 刊行  生前の刊行だ。 35.5x26.2cmの大判だが、40Pの薄い本である。昭和59年4刷、結構売れたらしい。少し傷んだ本を古書店で安く買った。
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by reijiyam | 2008-04-19 13:39 | 蔵書

三体石経 の発見

  魏の三体石経が最初に発見されたのは、光緒22年のことだったそうですが、そのとき発見された断片は、山東省の黄県 丁樹楨 に買われて後、どうも行方不明のようです。羅振玉によると、当時、拓本が1枚1金とか十金とかえらくぼった値段をつけていたようです。その後、もと大きな断片や小さな断片がかなりの数、洛陽から出土しましたので、最初の断片の拓本はほとんどみなくなりまして、逆に観ることが難しくなるという変な事態になりました。
 神州国光社の影印図版で、光緒二十二年出土の残石拓本をだしてみます。 まわりに偽の印が多数おしてあるそうですが、まあ無視してください。 題は甲骨発見の立役者 王い栄じゃないかと、神州大観の説明文には書いてありました。
三体石経の原石は、日本にも大きなものが所蔵されています。東京の台東区書道博物館に2点、京都の藤井有りん館に1点あります。
Source: 神州大観 第11号  民国6年3月、神州国光社
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by reijiyam | 2008-04-08 10:34 | 蔵書