カテゴリ:ニュースとエッセイ( 33 )

十七帖の翁萬戈本と中村不折本



2007年3月12日に
十七帖の翁萬戈本と中村不折本は同石(同版) 2007/3/12
http://reijiyamashina.sakura.ne.jp/17jho/17jho.html

という文章をアップしておいたが、


 最近、メトロポリタン美術館にあるこの翁萬戈本の写真画像をMETのサイトで得ることができて、
確実に同石であるという証拠を発見した。

下記 図版にある斜めの線が翁萬戈本と中村不折本で全く共通である。一方だけみてたときは紙の折れかとも思ったが、2つで共通だということは、元々の版のキズである。

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ただ、なんで末尾の「悦生」瓢箪印が一方にあって、一方にないのかはわからないが、加えたか除いたかしたのだろう??

by reijiyam | 2016-08-14 11:05 | ニュースとエッセイ

メムリンク:影のある幻

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  ブリュージュのメムリンク美術館にある 1479年の自筆年紀があるヨハネ祭壇画(Dirk de Vosの呼び方に従う、古くは「聖カタリナの神秘的結婚」とも呼ばれた)は、メムリンクの代表作としてだれも疑わない傑作である。

web Gallery of ARTsのリンクを貼っておく

ただ、中央部画面や外側の肖像画には賞賛を惜しまない人も内面左右、とくに右翼のパトモス島の聖ヨハネの黙示録については、描写がなまぬるい、羅列的だ、煩雑だ、子供っぽい、ちっとも悲劇的ではない、などという貶辞がでてくるのが常であった。

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 この絵はベルギーを訪問したときは必ず鑑賞させていただくお気に入りの名画であるが、そういう貶辞にも一理はあると思っていた。

  だが、2001年にブリュージュのメムリンク美術館で見たとき以来、どうもこの右パネルの狙いを勘違いしていたのではないか? 結果的に成功しているかどうかは別として、かなり変わった試みをやっている絵画なのではないか?と思い直している。

 それは、水面に映る影の描写、を使って、パトモス島の聖ヨハネの幻を実体のあるものとして表現するということである。  西洋絵画でも、天使などを実体のある影をもった物体として表現することは少ない。あのえぐい描写のデューラーでも、それはやっていないようだ。あのボスの怪物たちにも概して影がない。もっともボスのパトモス島の聖ヨハネ(ベルリン)は静謐そのものだ。これもえぐい描写のカラヴァッジョにしても天使に影はつけていないようである。

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 この右翼、矢印で明示するような 騎士たちの影については、以前から指摘されてきた。少し上方には 燃える岩が水面に落ちるところが描かれており、まさに水におちようとするときの水面の影が描かれている。また遠方の巨人の影も描かれている。しかし、これらは、図式的な感じもするものである。

私が震撼したのは、丸い虹の神の空間の前で香を祭壇に焚いている天使の影である。


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 まさにその祭壇の底と人物まで水面に映っている。神と聖人たちを囲む虹色の円それ自体も一部水面に映っている。天使と祭壇の底というか支えている雲?を裏からみているのである。
  また、虹も水面に映っている。しかし、この底の方から覗く神の国という奇妙な感覚には震撼した。
 
  これほど、奇跡や天使を堅固な実体のあるものとして描いた・実感させようとした試みがあったであろうか?
しかも、黙示録には啓示・幻として書いてあるのだから、ここまで描く必要自体本来ないものなのだ。
この試みが成功しているかどうかはともかく、私としては感動した。

  フランドルの画家の後裔であった小説家J.-K. ユイスマンスに対して、米国の批評家ハネカーが評した「神秘主義を厳密に定義し得るもの、重さを量り、手で触れ言葉で証明できうるものと考えていた人物」という文章を、私は連想した。

 この影の描写は、小さな粗悪な図版ではまったく感知不可能であるので、19世紀以来あまり考える人がいなかったのも無理はない。

 できるだけ良い写真を使ったがそれでもまだ、明確に示したとはいえないが、とにかく主張しておく。



by reijiyam | 2015-08-30 16:50 | ニュースとエッセイ

張遷碑 三拓本 比較

二玄社の中国法書選に入っている張遷碑 翁綬祺本(以下  翁本)はあまり良いものではないですが、大手の出版社でもあり、それなりに普及しているのは困りものです。

そこで、張遷碑の各拓本で、新旧、精粗の比較をやってみましょう。


 現在、日本で一番良い拓本は台東区書道博物館所蔵の拓本です。
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 イメージで、左から、書道博物館本、真ん中が貧架の嘉慶ごろの拓本、右が中国法書選の翁本、これでみたら、「五」の字のキズが大きくなっていて、翁本が新しいことがわかるでしょう。

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 同じような損傷の拡大は、この「囚」字の下部にもみることができます。

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ところが、この「帝」字の右側は、翁本は一見、欠けていないようにみえますね。でも、この右側の線は書道博物館本とは違います。つまり墨を塗って、欠けていないようにみせかけたものなんですね。

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 つぎにまた、別の部分をみてみましょう。一番下の「宿」字の右上の損傷は左から右へ拡大していますね。また、その上の「犁種」の右側は翁本では大きく損傷していて、しかも墨を塗って(濃くつけて)ごまかしています。


 こういう、補墨(墨塗り)によるごまかしは結構あるので注意が必要です。

 翁本では法式善(1752-1813)などの跋がついているので、嘉慶以前の拓本のようにみえるのですが、どうもこれらの跋は他のところからもってきて貼り付けたもののようで、最初からこの拓本についていたものだとはおもえません。書画の場合もそうですが、本体を古く立派なものにみせるために他から跋文や観記を切り取ってきて組み合わせるのはよくあることです。



 他の拓本でネットでみることのできるものでは

張遷碑  淑徳大学のサイト


が割と旧拓しかも精拓で良いみたいですね。ここは西林昭一先生の肝いりだから二玄社も使えるんじゃないかな。


なお、
早稲田の古典籍データベースにある

張遷碑 (PDFファイル) 


は、かなり墨が重いようですが、わりと新しい。 清末民国?か?? あるいは贋物重刻本か? 本物としてもたぶん翁本と変わらない新しい時代のものですね。

by reijiyam | 2015-02-22 10:42 | ニュースとエッセイ

韮花帖 3種

 五代時代は乱世だったので、あまり有名な書道家はいないが、
楊凝式は、一番 名前が出る人であり、真跡・模写本らしいものも残っている。

 その中で、名前だけは有名で、多くの人が臨書しているのが、この韮花帖である。実際は、たいていは、たぶん法帖拓本をもとに臨書したんだろうなあ。

 この模写本は3種類 確認されていて、一応、羅振玉が百爵斎名人法書に影印したものが最良本とされている。この羅振玉本のカラー影印がインターネットで公開されているので、意外に思った、どうも北京の故宮博物院にあるという。ただ、確認はしていない。
 他の2つは、清朝宮廷にあったものが1点、これは現在 無錫の博物館にあるはずだ。 もう一つは台湾の蘭千山館こと林柏寿先生の所蔵だったもの、これはまだ林家にあるのか台北故宮に寄託されているのか、行方不明なのかわからない。

 この際、3種を並べてみたい。




楊凝式の書には、独特の癖があって面白いので、昔から関心をもってきたが、この韮花帖は一番おもしろみのない気のないものなので、なんで昔から尊重されていたものなのかは不思議だった。

 そうはいっても、ちょっと変わった書風には違いない。
昔々、奈良国立博物館で入唐僧の確か円珍が唐人と交わした文書を展示していたとき、これとよく似た書風だったので、ああこれかな!  晩唐の一書風だったのか?と思ったことがある。



羅振玉 本(北京 故宮??)

 
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清朝 内府 本 ( 無錫)

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蘭千山館

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by reijiyam | 2015-02-20 09:46 | ニュースとエッセイ

宋拓 華厳経入法界品善財童子参問変相経

2014年12月13日杭州黄龍飯店(杭州市曙光路120号)で行われた
西レイ印社拍売有限公司による古籍文献オークション
で621万人民元だから1億円ぐらいで落札された、

宋拓 華厳経入法界品善財童子参問変相経
http://www.xlysauc.com/news/paimaixinwen/2014-10-17/5635.html
の画像を
大和文華の15号 昭和29年
から 取って紹介する。

もともと東大寺に長く伝わったもので、昭和29年当時は相見香雨氏の所蔵だった。

中国では、「最古の連環画拓本」という評価があるらしいね。
こういう仏画は日本には多いので、それほどのものか、、という感じがしますけど。

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by reijiyam | 2015-01-25 08:09 | ニュースとエッセイ

漢時代の碁盤

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 1952年に発掘された河北省の望都漢墓からは、石の碁盤がでている。実用品ではなく埋葬用の明器であるが、当時の実用品を模写したものだから、当時の碁盤がどんな形をしていて、線の数がいくつなのかもわかるわけである。

 2002年に前漢の陶器の碁盤模型がでているので、最古例とはいえないが、69cmという実用レベルの大きさのものであり、資料価値は高い。

 この碁盤は有名なはずであるが、ネットにはあまり画像がない。この寫真図版は1955年の出版で2005年に著作権が失効しているので、この際、のせることにした。


この望都漢墓については2007年に壁画のことをアップしていて、そのとき碁盤のことも触れていたんだが、7年経ってもだれもアップしないので、しょうがないのでこの際やることにする。


望都漢墓壁画
http://reijibook.exblog.jp/6979285/


望都漢墓壁画 その2
http://reijibook.exblog.jp/6979313/

Souece;; 望都漢墓壁画. 北京歴史博物館 河北省文物管理委員会編 1955 中国古典芸術出版社 B4精
by reijiyam | 2014-11-15 07:02 | ニュースとエッセイ

淳化閣帖 最善本の印影

上海博物館が2003年4月 450万ドルを投じアメリカのEllsworhから淳化閣帖第4、第6、第7、第8の4巻を買った。これは、淳化閣帖 最善本  真宋本と 宣伝されているが、果たしてその名に値するものでしょうか?

2008年8月29日に
安思遠本淳化閣帖への疑問http://plaza.rakuten.co.jp/yamashinaReiji/diary/201008290000/
というものをアップしたが、印章の裏移りがこんなに激しい本は他ではみたことがありません。

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他の李宗翰 旧蔵拓本のカラー写真を出来る限りチェックしてみたが、この「最善本」6,7,8のような裏移りは全くといっていいほどみることができません。だいたい李宗翰に限らず、ごく平凡な古い本や拓本帖でも蔵書印が裏移りがするような例はまずないのです。


 ところが、この場合は、「貴重なはずの」「南宋賈似道(1213-1275)の印」の上にまで裏移りしてしまっています。
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 なんか心配になって私が昔押した蔵書印もひっくりかえしてみてみましたが、そう所蔵環境がいいわけでもないのですが、一つも裏移りはありませんでした。

 実は他でただ一つみたのが、朝日新聞創業者 上野理一さんが蘭亭に押した印で裏移りがあった記憶があります。上野理一さんって結構粗雑なんだなあ。。と感じたものでした。まあ、当時の新聞屋だし、今のマスゴミだからなあ。

 さらにひどいのは、賈似道の貴重な印影の上から、李宗翰の印を押しているこの例まであります。
これは裏移りですらなく確信犯です。

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  どうみてもおかしすぎます。おそらく、あまり知識経験のない後人が急いで押したので、この惨状になったのでしょう。

 6,7,8巻とは異なる淳化閣帖第4は、呉栄光の所蔵であったことはまちがいないようですが、こちらにはそういうひどい裏移りはなく、強いて言えば終わりのほうにひとつ「荷屋所得古刻善本」がうっすらと対面にみえるぐらいです。6,7,8のような激しい裏移りはありません。

 雑誌 書法 2005年8期で、 王鐵という人が「弁疑最善本淳化閣帖」という文を書いてます。これは、歴代の印章が偽印であると主張している物ですが、必ずしも正しいかどうかはわかりません。「偽物だ-」と叫んで自分を売り込む人はずいぶん多いので、眉つばもので、再検討が必要でしょう。ただ、古い時代の記録と現状が合わないことは確かです。また、翁方綱から李宗翰への手紙としてあげている記事を王鐵氏は引用しています。たぶんこの6.7.8のことでしょうが注目に値します。 翁方綱は、「淳化閣帖は孫退谷の印があるが評するに足りないもので、明時代の翻刻本数種と比べると粛府本の下にあるもの」と酷評しています。李宗翰はがっかりして返却したか売り払ったかしたのではないか? 倉にほうりこんでしまったかもしれません。

  おそらく 清時代末期時代に、李宗翰所蔵本が出版されたり高価に取引されたころに細工した人がいたのではないかと考えております。
by reijiyam | 2012-02-11 17:16 | ニュースとエッセイ

北京故宮の古玉のこと

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北京故宮博物院200選展には素晴らしい玉(No,58)も展示されていたが、どうも疑問に思うものもあった。
  例えば No,57だが、図録の拓本イメージを挙げてみる(古代器物の拓本イメージには著作権はない)
  これをみておかしいとおもわないだろうか? どうみても裏か表の彫刻が左右逆だろう?普通こういう神の顔がある彫刻は神の顔の鼻を稜線にして彫るのが普通であろう。では、印刷の間違いで鏡影かとおもったら、そうすると穴の位置がずれてしまう。
 最初にどうも線の彫刻技法に違和感を感じ、風化がないこともちょっとひっかかったが、図録の拓本をみてかなりまずいと思った。ある人によると穴のあけかたにも疑問があるらしい。
  C.T. Looの図録, Chinese Archaic Jades, 1950から、類品の図版をあげておく。迫力が段違いである。同様の玉は大英博物館にもある。

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by reijiyam | 2012-02-07 21:54 | ニュースとエッセイ

夾雪本第八 と潘刻本 淳化閣帖について

夾雪本 と潘氏本淳化閣帖について、
 数年前、故宮博物院の討論サイトで英語で議論したのだが、そののち得た知見も加えてみる。

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(台東区立書道博物館) a 潘刻本

◎夾雪本 が潘氏本を改造したものだという議論
 夾雪本 が潘氏本を改造したものだという議論が香港や中国にはあるがこれは、間違いだと思う。
  まず、第八と第七が別刻らしいので、2つを一緒くたにすることが既に無理であるが、資料が多く痛みが少ない第八で論証する。

理由/根拠:
1. 夾雪本第八 の行間は 潘刻本より 2-12% くらい広い。このためなにか寛弘な感じをうける。
2.夾雪本第八 :取卿女聟帖の「耿」には 剥触がない、また加筆した跡もみえない(原本で観察)。 潘刻本にはあるし、  潘刻本 潘氏跋には 「取卿女聟帖耿字有剥触紋」,とあるから潘刻本 には必ずなければならない。
  3. 夾雪本第八 には 銀錠紋がない。補筆塗りつぶしたあともみえなかった。(原本で観察)

補論:
もし「顧従義 」印 や 「莫是龍」跋があと添えだと仮定すれば, 夾雪本第八 が 潘刻本の再版重刻をいじったものである可能性はないこともない。潘刻本でないことは明らかである。

◎ 第七と第八は別本
  一見して明らかであるが、潘刻本第七の図版がなかなかないので、調査が難しい。
  とはいえ、最近、奇妙なことに気がついた。第八は行間が広いが、第七はむしろ逆に潘刻本より狭くなっているのではないか?という数値的統計が,僅かにある潘刻本図版(上記)との比較ででてきた。
by reijiyam | 2012-02-03 21:24 | ニュースとエッセイ

清明上河図の修理

清明上河図の修理箇所については、
以前にも書いたが、もう少しわかりやすくイメージをだしてみようかと思う。

中野美代子教授も勘違いしていたし、細かく観察している人が意外にいないようだからだ。

まず、一九五〇年代の写真をみてみる。
前半のこの部分、赤線で囲ったところはオリジナルの絹ではない。おそらく明時代に修理して絹を補って補筆したところだ。描き方がまわりと全く違う。

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でそれが、現在はどうなっているのだろうか?
1985年のカレンダーに使用されたカラー写真だが、

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補っていた絹を剥がしてとって新しい絹にしてしまい、屋根、土塀、樹木などのところを少し補筆してある。


昔の写真をみればわかるように絹の断裂が非常に多く、まるでジクソーパズルのようだ。日本の平安時代の仏画などもX線でみたら実は似たり寄ったりの破損状態であることが多い。したがって清明上河図の他の箇所にも似たような破損修理箇所が多数あると思う。特に前半がひどい。

 ただ、おそらく一九七〇年代におこなわれた修理は大変巧妙で、うまく絹の継ぎ目をかくしているようで、上海で実物でみたおり観てもなかなかわからかった。
by reijiyam | 2012-01-18 09:51 | ニュースとエッセイ