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マタイ受難曲LPのリブレット

LPのころは、大きなリブレットを入れようと思えば入れられたので、2枚組以上の函の場合、中にはとんでもない豪華なリブレットがはいっていることがあった。
これはアーノンクール盤のマタイ受難曲LPにはいっていたリブレットで、それほど厚くはないが紙質もよく、バッハの自筆(または近親者による)マタイの楽譜が写真ではいっている。
 表紙の写本図版は有名なベルリンにあるやつだろうが、 ちょっと興味をひくのが3Pにあるイメージにあげた楽譜である。一番上にコーラス sg ソプラノ イン リピエノ とはいって、例のO Lamm Gottes unshultigという最初の2重合唱の、現在では普通ボーイソプラノのコーラスで歌われる部分が書いてある(あとで調べたらこれは1740ごろ作成のパート譜の一つ、なぜか1738年ごろのベルリンにある総譜にはこの部分自体がない!)。アーノンクールの記述では、これは1741年以降に書かれたものらしいが、作曲者の最終稿を決定版として採用するという原則にしたがえば、ここでソプラノ合唱をいれることはおかしくなく当時簡単に使えるソプラノ合唱としてボーイソプラノをいれることはおかしくない。勿論、1730年代の初稿では、このコラールはむしろオルガンで演奏されるようになっていたらしい。
 一九世紀のバッハ復活時に、だれかがボーイソプラノをいれることを考案したという意見はどうも疑わしくおもわれる。不勉強なので、磯山氏などの専門書を借りて来て読んでみようと思っている。

 このニコラウス・アーノンクール(Nikolaus Harnoncourt)という読み方は、これでいいのかな?何か仏独混合のように思う。まだ生きているのだから、名前の読み方をきいておきたいものだ。フランス式なら、ニコラ アーノンクールじゃないかな? ベルリン生まれでヨハン大公の子孫だとすると、 ドイツ式でニコラウス・ハルノンクーツかしら?

SAWT 9572/75という4枚組に付属 1974 Feb TELDEC TELEFUNKEN-DECCA Hamburg

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by reijiyam | 2010-12-08 09:03 | 蔵書 | Comments(0)

琅邪台刻石

 山東省青島近くに秦の始皇帝が建て二世皇帝が追記した石碑で、秦の篆書の例として有名なものである。二世皇帝の部分がわずかに残っている。原石は今は北京の国家博物館(もとの歴史博物館)にある。ところが保存状態が非常に悪く、拓本にとっても朦朧として読みにくい。その点では、文字数が少ない泰山刻石のほうが読みやすいぐらいである。
 文字があまり摩滅していない古い時代の拓本があればいいのだが、これがあまりない。ここであげたのは、阮元旧蔵の全套整紙本。これには上に翁方綱の題がある。阮元が送ってきて急いで題を書けと迫ったらしい。外に車がまっているので急いで書いたと書いてある。
中国美術全集にあげてある拓本よりよほどはっきりみえる。
 琅邪台刻石の影印本ってあまりない。書跡名品叢刊のものは、どうもこの拓本を写真にとって切り貼りし、せん装本にして石印でだしたものの複印らしい。ただ、微妙に違うところもあるので他の拓本を切り貼りしたりいじってあるのかもしれない。名品叢刊以後、琅邪台の拓本はおそろしいぐらい全く影印されないようだ。まあ、ぼやっとしていて習いにくいからだろう。王イ栄の印がある拓本をみたことがあったが、そう強い印象は受けなかったしね。百衲本琅邪台刻石という出版があってきれいに補筆したものだったが、たしかにここまで傷んでるとそういうもののほうがいいかもしれない。あるいはむしろ原拓と百衲本を合冊にして出版するというのが現実的だろう。
 ところでこの琅邪台ってのは色々な漢字で書くようだ。考証学の大学者:翁方綱が「琅邪」と書い
ているし、語石でも同じなのだから、それでいいと思うのだが、「瑯[王+邪]台」とやけに難しく書
いたり「琅[王+邪]台」と書いたりする。簡単な字でよければそれでいいと思うのだが、「邪」を避けようとして色々書いているのかもしれない。

ソース:中華民国時代に上海 藝苑真賞社が出版した「藝圃留眞」という宣紙コロタイプ画集に縮刷
して集録されている。コロタイプなので拡大してもかなりよくみえる。  

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by reijiyam | 2010-11-29 12:46 | 蔵書 | Comments(0)

支那的性格

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支那的性格
  白神徹 訳、 昭和15年、中央公論社、471P、B6サイズ

  長年中国大陸で宗教活動をしていた米国の新教の宣教師 アーサー=ヘンダーソン=スミス師が書いた、中国人論だ。下記 目次をみるだけでも、まことに面白く、中国人は呆れるほど変わらないということがよくわかる好著である。なぜか復刊されないのが不思議だ。エンターテインメントとしても最近のどうでもいいような評論家の本より面白い。原著の著作権はなくなっているだろうし、翻訳者 白神徹氏の著作権もあやしい。中央公論社の出版だから版型は残っていないだろうが、容易に復刊できるだろうに。それとも中央公論出版に変なのがいるのだろうか?
 県立図書館の蔵書を検索したら「禁帯出」だった。471Pの本で禁帯出じゃちょっと楽しんで読むってわけにはいかないなあ。
  イメージはオリジナルの紙函、下部に目次が煽り文句のように入っている。


緒 言
  第一章 面 子 (ミエンツ)       芝居が上手 誇張の天才 命よりも大事な面子
  第二章 節 儉
      粗食 經濟的な支那料理 廢物活用の天才 無駄のない生活 極端な儉約──不潔
  第三章 支那流の勤勉
      富者も孜々として働く 科擧の制──刻苦勉勵 終生を捧げて官吏たらんとす 勉めいそしむ士農工商
  第四章 禮 儀
      習ひ性となれる禮 禮儀三百威儀三千 尊稱敬稱贈答 社會生活を滑かにする禮 婚禮における風習
  第五章 時間の觀念の無視
      東西の挨拶の仕方──吃飯了〈ロ馬〉と How do you do? 慢々的な宴会 西洋人は氣短かだと評す 腰をあげない訪客

  第六章 精確緻密といふことに無頓着
      度量衡・貨幣制度の亂脉 頭を勘定に入れない身長 山地と平地・上りと下りでちがふ一里 往きは一里、歸りは三里
  第七章 勘違ひの才
      故意に命令をはき違へる 梃子でも動かぬ騾馬 金錢上の紛爭絶へず
  第八章 率直を避け婉曲に言ふ才
      英米人の單刀直入 支那人の婉曲 まはりくどい禮儀作法 鹿を指して馬といふ 病?職にたへずといふ辭職願
  第九章 面從後言
      表向は慇懃乍らかげで違背 掛け値のある處刑 口先ばかりの誓約 支那統治の秘訣
  第十章 智的渾沌
      論理的な思索に適せぬ支那語 ルーズな支那語の構造に起因する渾沌 智愚貧富の甚しい國 胃袋と財布以外のことは無頓着

  第十一章 無神經
      倦まず單調な仕事を續ける職人 どんな處でゝも眠れる
  第十二章 外人輕蔑
      外人輕蔑の諸因 「學者」に對する西洋の觀念と支那人の觀念 文人の排外思想

  第十三章 公共心の缺如
      道路溝渠の荒廢 往來の邪魔をする露店 平氣で敵軍に雇はれる支那人
  第十四章 保守主義
      理想は堯舜時代 經書を神聖視 先例を尊ぶ 風水の迷信
  第十五章 西洋流の安樂といふことがない
      住心地といふことに頓着せず 羊ありて毛織物なく、綿のみ依存す ポケットのない支那服 住宅の不便、都市の不衛生 喧噪や雜沓に對して平氣
  第十六章 旺盛な生活力
      厖大な人口 早婚の風習 長壽 病人、負傷者の治癒力
  第十七章 辛抱強さ・粘り強さ
      ユダヤ人を驅逐する支那人 國姓爺の鎮定 天災は止むを得ずとして受け流す
  第十八章 知足・樂天性
      支那の天命と西洋の攝理 足るを知り天を怨みず 窮貧に甘んじ營々と働く 病の床にあつても悠々然たり
  第十九章 支那の孝
      禮は支那精神の粹 孝は英語に飜譯出來ぬ 孝は百徳の基、不孝は最大の罪 祖先を祀る義務は絶對 子孫なきは最大の不孝 孝行説の五つの難點
  第二十章 支那の仁惠
      惻隱の情 仁-積善-功徳-應報-保險 臘八粥の風習 眞心のこもらぬ支那の仁
  第二十一章 思ひ遣りの無さ
      人民は概ねその日暮し 樂しい家庭生活といふものなし 家族制度と娘、嫁の地位 刑罰制度にあらはれた思ひ遣りの無さ 他郷人に對する冷淡さ
  第二十二章 社會的颶風
      風波の基は家族制度 誹謗は第二の天性 支那の喧嘩、西洋の喧嘩 和平を好み訴訟を忌む 仲裁人の力
  第二十三章 支那の責任と遵法の觀念の原始性
      家族・村落における責任 官界における責任 保甲の制
  第二十四章 疑心暗鬼
      銀市場の状態、銀行制度 官民相互の不信 流言風説の國
  第二十五章 不誠實
      一見不思議な史家輩出 支那人の嘘つき 支那商人の正直 誠實よりも面子が大切
  第二十六章 多神論汎神論無神論
      儒教の道徳的感化 宋の註釋家は唯物論者 三教歸一の説 鬼神を欺く、佛像を裁く儒教の欠陥
  第二十七章 支那の實状と當面の必要事
      支那社會の弊害 最大の欠陥は品性と良心 新支那の更生
  附 録 日支度量衡對照表/清國中央及び地方官職
  總索引(事項・人名)
by reijiyam | 2010-10-21 09:21 | 蔵書 | Comments(0)

雪堂校刊群書叙録

最近、大陸で再刊されたようだが、これは天津で羅振玉自身が出した本のようである。本来他の著述と併せて六冊本だったが、貧架には、このかなり傷んだ本が二冊あるのみである。なんとか不愉快でなく読めるように自分で修理したので、蔵書印を押した。私はなんらかの修理をやった本については蔵書印を押す資格があると思っている。
 これは、上部にやけに余白の大きい本だ。こういう余白の本は、結構民国時代にはある。

羅振玉が刊行した本の序跋を集めたもので、羅振玉の学問と嗜好が意外なほど伺われる好著だと思う。日本との関わり合いも多く、例えば石きょう宝笈三篇目録の出版は、日本人  山本俤二郎(澄懐堂)こと山本二峯が北京で買った写本によっている。写本なので宮廷外ではだれもみたことがなかったのだ。また、世説新書の唐抄本は奈良平安のころに日本に伝わったものの残巻を、神田博士のところなどでみせてもらっている。
 この本、最近の大陸のオークションで高価だというので思わず欲がでたが、それは六冊完本の美本のことだった。貧架の本のような汚い端本並本のことではない。そうはいってもこの原刊本はかなり少ないもののようだ。
  縦27.2 横15.1cmという縦長の本である。一般によくあるこの本は縦17cmぐらいの民国期の活字本のほうだ。
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by reijiyam | 2010-09-09 08:22 | 蔵書 | Comments(0)

羅振玉の隷書

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 清初の多産な画家:キョウ賢の画冊に羅振玉が題字を書いている。これはなかなかいいものだと思う。残念ながら画冊自身はバラバラにされて軸装されたようだが、幸いほぼ全部が米国カンサスシティーのNelson Atkins Galleryに収蔵されている。
  画冊のできは、画家キョウ賢のベストに近いものだが、この題字も悪くない。羅振玉というと甲骨の研究者としての名声が大きいので、甲骨文の臨書などが代表作としてあげられるが、実際は隷書のほうが上手いのではないかと思うくらいである。これは金文風篆書ばかりとりあげられる呉大徴にもいえることだと思う。SOURCE: 博文堂による複製:キョウ半千山水冊
  ところで、この文字  「董巨遺刑」であるが、「刑」だけは違和感がある。「董巨」は有名な画家董源と巨然のことで「遺」は遺風とかいうような意味合いだろう。ただなぜ「刑」刑罰?処刑? 
   どうもこれは「型」の意味らしい。音通というやつである。じゃあ「型」を使えばいいじゃんと思うが、

 ここで問題? 古い時代に型という字があったのか?使われていたのか? 書体字典などをみると
石碑などでの使用例がない。データベースで検索しても、わずかに三例(唐1,清2)しかも楷書の
例があるのみ。

 現在は頻繁に使われる「型」という字も古い時代には殆ど使われなかったらしい。それを根拠にして「刑」という通用字を使っているようだ。
で、「遺型」という言葉は、日本ではまず使われないが、中国では、どうも清時代以降にはいかめしいケースで結構使用されているようだ。乾隆帝が (伝・めいっぱい伝)柳公権:蘭亭詩墨蹟に題しているのが「筆諫遺型」(下のイメージ)である。

 どうも、このような先例にならって、ひとひねりしたということのようだ。

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by reijiyam | 2010-09-05 09:42 | 蔵書 | Comments(0)

職員録

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by reijiyam | 2010-07-24 07:47 | 蔵書 | Comments(0)

陽嘉残碑

 この陽嘉残碑は、光緒18年に火災にあって、破片に割れたということは確かのようなので、拓本の所蔵者は多いとはいえ、イメージを出しておく意味があるだろう。

約  高43h x幅50cm

 大東文化大学の宇野雪村記念文庫などあちこちに拓本はあるようだ。

  なぜか、1983年11月に碑陽の拓本を買い、 1985年5月に 碑陰の拓本を別の業者から買った、どちらにも同じ所蔵印が押してあり、拓本の調子も同じなので、もとは対になっていたものだろう。
どこで別れてしまったのかは知らないが、ともかくまた一緒になったということになる。

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by reijiyam | 2010-06-17 08:52 | 蔵書 | Comments(0)

アナベル リー

The Poems of Edgar Alain Poe から Annabel Lee

Andrew Lang 編集 KEGAN PAUL TRENCH & Co. 1881年 ロンドン刊行  Ballantyne Hanson &Co.社が印刷(エジンバラ・ロンドン)
ラグペーパー、いわゆるアンカット
縦 15.7cmの 小型本。
活字が非常に小さい。
もと、米国のホイト ライブラリー旧蔵本

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by reijiyam | 2010-06-13 10:39 | 蔵書 | Comments(0)

本の修理

  画家の呉待秋が収集した書画を影印した「名人書画第7集」は、「呉譲之の横披」を前、紹介したが、昨日、修理を行ったので、修理前、修理後のイメージを紹介してみる。修理後もそう真新しいぐらいきれいになっているわけではないが、修理の哲学として、「あたかも修理してないように修理する」のが方針だから、 まあこんなものだろう。
 本のページの奥、綴じの間に埃や虫の死骸などがあり、唖然とした。 

民国13年刊行、商務印書館 の刊行。宣紙にコロタイプ

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by reijiyam | 2010-06-07 08:41 | 蔵書 | Comments(0)

黄庭経 その2

続きの2面とラストを紹介します。
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by reijiyam | 2010-05-25 09:53 | 蔵書 | Comments(0)