カテゴリ:蔵書( 138 )

五首一紙

手本用にイメージをあげてみた。

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by reijiyam | 2012-01-03 14:09 | 蔵書

嵩山少室闕の残字

 どうも、色々調べた結果、校碑随筆には「前十七行があるが。黄易本で上部4,5字がみえ、下部に半字が十字みえるだけ」張彦生「前三十行あるが摩滅」ということらしい。 
最初のイメージが通常の冒頭部分、二番目と三番目がそれに先行する摩滅剥落して字が殆ど無くなっている部分、一番下に字があるようなないような状態だ。これが「半字が十字」というやつであろう。

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京都大学人文研の拓本
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 http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db-machine/imgsrv/takuhon/type_g_b/html/d02-13.html
でも、この摩滅剥落した部分が少室南面の一部としてあげてあるので、他の碑からもってきたわけではないようだ。また、京大本の一番目には更にボロボロに剥落した面に数字あるようなないようなものがある。

  藝苑真賞社の古鑑閣本影印本は書跡名品叢刊に転載されているものであり、一般に普及している。ところが旧拓らしいのに冒頭の「半字」は収録されていない。他の書道全集・中国美術全集本などみなそうである。むしろ清後期以降の新しい拓本のほうがこの部分を丁寧にとっているものがめだつようである。
 どうも古い時代には黄易のような篤志家研究者以外は、主要部分だけ採拓して満足したらしい。他は紙がもったいないし面倒なのでやらなかったのではなかろうか。
by reijiyam | 2011-12-10 09:52 | 蔵書

抱残守欠 石門のマイナーな漢隷磨崖

石門頌や開通褒斜道刻石で有名な石門の磨崖に、

  李君通閣道磨崖、あるいは右扶風丞[木建]為李□表という磨崖刻石がある。一応石門十三品にはいってはいるが、摩滅がひどい上にあまりマイナーなのでろくに影印もないぐらいである。
なんで、こんなものに興味を持ったかというと、昔、タダでもらった拓本があって、これが清末の呉大徴がこの刻石を重刻したものの朱拓であった。ずいぶん汚れた装幀だったのでやっかいもの扱いだった。重刻のうえに傷んで汚れていたのであまり珍重されなかったんだな。長崎にきてから、ようやくこのような折り本仕立てにしてようやく捨てられる危険からは逃れたといえる。
 呉大徴は現地で刻石をみ、蘇州で自ら重刻したぐらいだから、かなりいれこんでいるのだろう。楊淮表記のような感じの字ではあるが、かなりたよりない。


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最近偶然入手したこの原拓もある。いうまでもなく、重刻もってなきゃわざわざ入手はしなかっただろう。
 こちらでは上にある線の上に1字文字がある。「表」のように読めないこともないので、増補校碑随筆は「額がある。額は『表』字だけが残っている。」と書いている。この「表」字を根拠に名称を「右扶風丞李[木建]為李□表」としている。

 ひどく摩滅しているので、重刻や釈文を頼りに読むと、なんとなく読めるようなきがする。これも本末転倒といえばそうだ。

増補校碑随筆では「壊れた」と書いてあるが、漢中博物館に移設されているようだ。ただ、現地の研究者らしい鄭榮章の本では上の『表』1字については何も書いていないので、ひょっとしたら移設のときかそれ以前になくなったのかもしれない。それを考えるとこういう旧拓の価値もないとはいえないだろう。


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by reijiyam | 2011-10-30 08:19 | 蔵書

朱曼妻買地券 再

まえ、アップしたが、もっと良いイメージを作成したので再度アップしてみる。
朱曼妻買地券
http://reijibook.exblog.jp/937665/
神州大観 10号( 1916年6月20日)のコロタイプ図版がソースだが、
そこに添えられた  トウ実氏の記録によると::
 光緒庚子に浙江省平陽県南郷鯨頭村石峯下山麓で、村長が墓を作っているとき出土、村人の陳公翰君がわたしにこの拓を送ってくれた。その後行方不明になった。

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by reijiyam | 2011-10-29 16:27 | 蔵書

抱残守欠 宣和畫譜

抱残守欠っていうのは、「旧習にとらわれ新しいものを受け付けない」という悪い意味らしい。ただ。明末清初の顧炎武に漢儒が断片も大事にして古代文献を守った良い意味で使っている例もあるらしい。
 当方としては、清末としては進歩的だった劉鐵雲が抱残守欠斎を名のった先例に従いたい気分だ。
 そういうスタンスのためか、また高価な完本を買う金がないせいか、貧架には残本端本や残本を修理したものが多い。どちらかというと完本のほうは古本屋に売ってしまいがちで、自分が修理した本は愛着があるので手元に残しがちである。また、自分が修理したものには、まあ少しは伝世に貢献しただろうから、という意味で蔵書印を押すこともある。


例えば、この、
宣和畫譜 は巻頭が何頁もなくなっていたので、巻頭は中華民国期の箋紙で宋版本を木版影印したものがあったのでそれで補った(橙色の紙)。その後の頁は、東京の有栖川図書館にある別本から文章をメモして、改めて他の本から自分で筆で写して補った。少しは様になったと思う。


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by reijiyam | 2011-10-20 09:16 | 蔵書

正倉院雑談 その1

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  正倉院の生き字引といった感じだった松島順正氏からの聞き書きを松本楢重氏がまとめて、松島氏に校正してもらって出版した本がある。この正倉院雑談、昭和23年、奈良観光事業株式会社出版部である。
  このなかで、昔、御物の修理に携わっていた人の話がでていた。こういう人のことは、忘れられやすいので、あえて記録しておきたい
**2012-03-03の追加

この正倉院雑談 初版は、昭和23年、奈良観光事業株式会社出版部 なんだが、1989年に学生社で「正倉院よもやま話」という名前で複刻したことがあるらしい。まあ、もう少し良い紙と印刷だろうと思う。

正倉院よもやま話
単行本: 243ページ
出版社: 學生社 (1989/05)
ISBN-10: 4311201389
ISBN-13: 978-4311201387

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奈良帝室博物館では明治43年から聖語蔵経巻の整理修復に手をつけたが、大正3年になって、東京でやっていた整理修復も一切奈良側で引継ぐことになり、現在の奈良國立博物館事務所構内本館南側の1棟がその事務と作業のため新築されたのである。


聖語蔵経巻修復は、奈良多門町の士族から経師屋になった西山定郎という人が年俸二四〇円と修理材料費年百円の予算で実際の作業を受け持ち、昭和13年まで続けて来たが、防空演習に出て風邪をひいたのがもとで死んでいったのは気の毒だった。
古裂の整理は経巻修理の西山さんも手伝って、粕谷某と最近まで従事していた廣岡徳松氏が女の助手一人を混へて仕事をはじめた。今日までに足かけ三十何年かかって。唐櫃十八合分の整理を終わったが、なほ未整理の分に唐櫃三十合ほどと、箱入りの分八つを残す。


(古裂の整理)
 大正三年奈良帝室博物館がこの大事業を開始して以来、足かけ三十五年終始古裂と取り組んでいたのは廣岡徳松さん一人、続いて勤続二十年目の藤田うの さん、他に大正九年から昭和二十年まで二十六年間を勤続して老境に入り、お暇をいただいていった坂本ちくさんのごときは、そのかくれた功績を正倉院古裂の名とともに記録すべきだと信じる。
by reijiyam | 2011-10-02 14:56 | 蔵書

よくみる図版だが

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  漢文関係の本、論語とか十八史略とか孫子などの本の表紙や図版に、昔は、しばしばこの画像石?の拓本がのったものだ。ところが、この拓本、原石がどこにあるのかわかならいし、まともな拓本自体少ないようだ。どうやら 古い時代の「漢画」などの石印図録になっていたので、結構流布したが、孫引きをくりかしているうちに、もとは何なのかわからなくなっているということらしい。拓本で測るとサイズは高さ16cm長さ35cmぐらいである。たぶんサイズすらしられていないと思う。
  清時代末期に、北京の骨董屋 尊古斎にあったものだ。
 どうも画像石でなく画像セン(レンガ)であるという伝承があるようだ。ただ、こういう画像センってあまりみたことがないな。

 
by reijiyam | 2011-09-23 11:19 | 蔵書

満州国立博物館

昭和10年12月1日発行 書道  第4巻第12号 
34-39p「新設なれる満州国立博物館について」岩村成允

 これを読むと
 1。満州国立博物館は遼寧省博物館の母体である。
 2.ラストエンペラー溥儀は全く協力していない。

この二点に驚かざるをえない。

 
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by reijiyam | 2011-08-20 10:11 | 蔵書

鄭板橋集の不思議

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  東京神田神保町の 漢籍専門書店  山本書店にずっと店晒しになっていた板橋集があった。虫食いもあったが、和刻本ということだったので いまいち人気がなかったのだろう。(上)
  東京を離れる前に、酔狂にも買っておいた。東京国立博物館にある墨竹屏風の題との関係も調べておきたかったからだ。さてもともと和刻ということだったので、慶應元年に京都で刊行されたものだとばかり思い込んでいた。ところが最近、ヤフオクで京都版をみてにてもにつないものであることがわかり、じゃあこれはなんだ?
 大陸のオークションででた乾隆原刻本の写真(下)をみると異常に似ている。枠線の切れ目まで似ている。ただ、紙は黄色い和紙のようにもみえるし、極僅かな違いはあるような気がするのでますますわからなくなった。
 清時代の官僚、画家 書家であった鄭板橋の詩文集:板橋集は石印本のほうが流布しているので、刻本はあまりみうけない。
by reijiyam | 2011-04-16 17:20 | 蔵書

三国志呉志残巻公開記念

1月8日から京都国立博物館で、三國志呉志残巻が公開されています。これは羅振玉の漢晋書影に収録されていたものですが、個人コレクションだったこともあり、あまり公開されたことはありません。
 なんと、朝日新聞社主 上野家のコレクションだったのですね。ちょっと驚きました。上野家にはまだ他にも珍品があるような気もします。新聞人のくせに公開しようという気がいままでなかったというのはどういうこっちゃ。。。
 当ブログでも
2005年12月に三國志呉志残巻 として一部を紹介しましたが、少し大きなイメージを提供したいと思います。なお、この連れにあたる断片が上野の書道博物館にあって、それは観る機会がありましたが、今回の展覧会では並べて展示されるようです。
その断片については、二〇〇七年に書きました。
台東区書道博物館の 三国志断片
しかし、これほど魏の鐘元常の書を連想させる発掘品もないと思いますね。
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by reijiyam | 2011-01-16 08:58 | 蔵書