2015年 08月 30日 ( 1 )

メムリンク:影のある幻

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  ブリュージュのメムリンク美術館にある 1479年の自筆年紀があるヨハネ祭壇画(Dirk de Vosの呼び方に従う、古くは「聖カタリナの神秘的結婚」とも呼ばれた)は、メムリンクの代表作としてだれも疑わない傑作である。

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ただ、中央部画面や外側の肖像画には賞賛を惜しまない人も内面左右、とくに右翼のパトモス島の聖ヨハネの黙示録については、描写がなまぬるい、羅列的だ、煩雑だ、子供っぽい、ちっとも悲劇的ではない、などという貶辞がでてくるのが常であった。

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 この絵はベルギーを訪問したときは必ず鑑賞させていただくお気に入りの名画であるが、そういう貶辞にも一理はあると思っていた。

  だが、2001年にブリュージュのメムリンク美術館で見たとき以来、どうもこの右パネルの狙いを勘違いしていたのではないか? 結果的に成功しているかどうかは別として、かなり変わった試みをやっている絵画なのではないか?と思い直している。

 それは、水面に映る影の描写、を使って、パトモス島の聖ヨハネの幻を実体のあるものとして表現するということである。  西洋絵画でも、天使などを実体のある影をもった物体として表現することは少ない。あのえぐい描写のデューラーでも、それはやっていないようだ。あのボスの怪物たちにも概して影がない。もっともボスのパトモス島の聖ヨハネ(ベルリン)は静謐そのものだ。これもえぐい描写のカラヴァッジョにしても天使に影はつけていないようである。

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 この右翼、矢印で明示するような 騎士たちの影については、以前から指摘されてきた。少し上方には 燃える岩が水面に落ちるところが描かれており、まさに水におちようとするときの水面の影が描かれている。また遠方の巨人の影も描かれている。しかし、これらは、図式的な感じもするものである。

私が震撼したのは、丸い虹の神の空間の前で香を祭壇に焚いている天使の影である。


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 まさにその祭壇の底と人物まで水面に映っている。神と聖人たちを囲む虹色の円それ自体も一部水面に映っている。天使と祭壇の底というか支えている雲?を裏からみているのである。
  また、虹も水面に映っている。しかし、この底の方から覗く神の国という奇妙な感覚には震撼した。
 
  これほど、奇跡や天使を堅固な実体のあるものとして描いた・実感させようとした試みがあったであろうか?
しかも、黙示録には啓示・幻として書いてあるのだから、ここまで描く必要自体本来ないものなのだ。
この試みが成功しているかどうかはともかく、私としては感動した。

  フランドルの画家の後裔であった小説家J.-K. ユイスマンスに対して、米国の批評家ハネカーが評した「神秘主義を厳密に定義し得るもの、重さを量り、手で触れ言葉で証明できうるものと考えていた人物」という文章を、私は連想した。

 この影の描写は、小さな粗悪な図版ではまったく感知不可能であるので、19世紀以来あまり考える人がいなかったのも無理はない。

 できるだけ良い写真を使ったがそれでもまだ、明確に示したとはいえないが、とにかく主張しておく。



by reijiyam | 2015-08-30 16:50 | ニュースとエッセイ