朱曼妻買地券

この買地券は、戦前出土で、しかもすぐ行方不明になったそうです。
東晋(ACE338)という時代で、このような篆書の刻字は極めて珍しい。
神州大観には、ほとんど初拓といっていい拓本が影印されてましたので、
ちょっと紹介します。e0071614_2051397.jpge0071614_2054245.jpg
by reijiyam | 2005-09-14 20:08 | 蔵書 | Comments(6)
Commented by ssekio at 2005-09-24 11:17 x
初めてコメントさせていただきます.新潟大学人文学部で中国前近代史を担当している關尾史郎と申します.魏晋南北朝史と敦煌・トゥルファン学を専門にしています.この買地券,中国史研究の先達も注目されており,池田温氏の「中国歴代墓券略考」(東洋文化研究所編『アジアの社会と文化』Ⅰ,東京大学出版会,1982年6月)にも釈文が掲載されていますが,冒頭は「晋咸康四(異体字)年」のようで,とすれば338年で(二月朔日の干支も合致します),西晋ではなく東晋となりますが.あるいは西晋とされた根拠などあれば,ご教示いただきたいのですが,宜しくお願いします.
Commented by 山科 at 2005-09-24 13:14 x
失礼しました。確かに東晋ですね。訂正しておきます。
この図版はたぶん一般に使われている図版より破損字が少なく
最善本かとおもいます。
Commented by ssekio at 2005-09-24 15:30 x
關尾です.早速ありがとうございました.仁井田陞氏が引用している芸術叢編の写真よりも,確かに文字が鮮明ですね.最終行の最後にある「同」字の右半分と思われる図のような文字が印象的です.別の石刻に左半分があったのでしょうか.長沙から出土した長沙呉簡(昨秋,サントリーに来ましたが)にも,このような「同」字の右半分ないしは左半分が大書されていました.
Commented by 山科 at 2005-09-25 23:39 x
クリックすれば、より大きなイメージになります。
サントリーにきてた呉簡では、「同」字はなかったようです。
買地券は、公文書様式をまねることがあるので、その影響でしょうか。
Commented by ssekio at 2005-09-27 12:44 x
サントリーに来たなかでは,吏民田家莂と呼ばれている大木簡がそれで,図録の98頁に6点掲載されていますが,いずれも頭頂部に,「同」字の片側(多くは右側)が大書されています.図録95頁の戸籍木牘の一方(61-2)の頭頂部にうっすらと見える横線も「同」字です.サントリーには来ませんでしたが,竹簡の賦税納入簡の場合は,頭頂部ではなく,上下中ほどに「同」字が大書されています.
Commented by reijiyam at 2005-09-30 10:53
確かにマークがあります。はじめは単にマーク・印かと思いました。
ただ、4本、5本と線があるものもあり、「同」字なのかは確信しかねます。
しかし、煉瓦?の刻字にこのマークというのはおもしろい例だと思いました。
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