天龍山 維摩居士

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ちょっとこの拓本は心を不安にさせるところがある。力のある伝世の本物である所以である。
たぶん奥村伊九良氏が研究所留学時代(1928-)に天龍山で採拓したものではないかと思う。ちゃんとした中国宣紙でとってある。
 この拓本に好適な紙は、書をかくのにはちょっと不便で、極濃い墨で渇筆で書かないと滲みやすい、そのせいか左下の題記は及び腰である。 この天龍山第3窟の拓本は破壊される前のものなので、大阪市立美術館所蔵旧山口謙四郎コレクションの浮き彫りを
比較すると、天龍山の浮き彫りを破壊した当事者は骨董屋でも美術史家でもなんでもなく、単なる欲に狂った野蛮人であることがわかる。骨董屋なら、少しでも高く売ろうと思うわけで、こんなブザイクな割り方はしないだろう。日本人なら当時よく議論された台座の格狭間を絶対残そうとするだろう。
  大阪の浮き彫りとは相当印象が違うので、別の彫刻か模刻かとも思ったがどうもそうではなさそうだ。
  維摩居士が座す大きな家具「牀帳」の構造がはっきり現れていて、面白い。床に履き物がおいてあるのもいい。
 対面する文殊菩薩は米国のハーバードに行っているらしいが、イメージを得ることができなかった。
 奥村伊九良氏は、おそらく、北京留学時に山西へいって、天龍山へいったのだろう。色々な意味で際どいところで採拓にまにあったような気がする。
by reijiyam | 2008-08-01 09:04 | 蔵書 | Comments(0)
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