左元異墓門題記

e0071614_1131771.jpg



e0071614_113453.jpg



e0071614_114464.jpg




  この2本の石柱は、カナダのロイヤルオンタリオ博物館が所蔵していて、あまり拓本も採られず研究もされなかったためか、誤解も多いようなので、ここに精密な図版と、確度の高い資料を提供しておくことにする。
第1石柱の銘文:和平元年西河中陽光里左元異造作萬年ろ舎
第2石柱の銘文:使者持節中郎将莫府奏曹史西河左表字元異之ふん

サイズ:第2石柱のほうが高136.5, 幅18.5, 奥行19cm。
    第1石柱もたぶんほぼ同サイズ

出土事情
  梁宗和「山西離石県的漢代画象石」(文物参考資料1958年4期,p40,北京)によれば、一九一九年に山西離石県で出土した画象石が十点山西省博物館にあって、
それがロイヤルオンタリオ博物館にある石柱、画像石と一連のものであるようだ。ただ、記録されている銘文が違うのでちょっと変なところもある。
 一方、1940年刊行のShuo-wen yueh-kan(集文月刊?) No.1, p456のWei Chu Hsien "Han Tso Piao mu-shi hua shuo-ming shu..."によると、「1924年に山西省離石県馬茂荘で発見され、北京の古美術商が2石柱と5個の画象石を購入した。13個の画象石が現地に残っている。」
 ロイヤルオンタリオ博物館の記録によると、1925年にクロフツ氏George Croftsが購入している。

ロイヤルオンタリオ博物館のサイトに第2石柱のカラーイメージと記録があるが、なんと銘文が見えない。
欧米の博物館学芸員にとっては、銘文はそれほど重要なものではないらしい。この点文字の国である中国とはかなり違う。

和平元年(ACE150)と年紀がしっかりしているかなり大きな隷書なので、もっと尊重されてもよさそうなものだと思う。

Ref: "Some Fragments from a Han Tomb in the Northwestern Relief Style. Artibus Asiae, Vol 25, pp.149-162
by reijiyam | 2008-02-08 11:05 | ニュースとエッセイ
<< 唐 張令暁告身 その1 呉譲之 >>