望都漢墓壁画

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望都漢墓は、1952年ごろ発掘されたものなどで、文革以前に報告がでていた。
これがそれで、ハードカバークロス装だが、写真の複製という点では、必ずしも良いとはいえず隔靴掻痒の感がある。
壁画については、模写のカラー版が多い。昔は模写を馬鹿にしていたところもあるので残念に思ったものだ。今でも模写より精密なカラー写真のほうがいいとは思うが、人間の眼による解釈でないととらえきれない部分もあるし、ひどいカラー写真より模写のほうが良いこともある。また、「良い」カラー写真撮影の前に崩壊してしまったものなどでは模写しか残ってないということもある。ここで出したイメージは模写ではなく原壁のモノクロ写真図版から作成した。

望都漢墓壁画. 北京歴史博物館 河北省文物管理委員会編 1955 中国古典芸術出版社 B4精

後漢2世紀の大宦官 孫程かその養子の墓だと推定されている。いうまでもなく何度も墓泥棒にあっているが、優秀な壁画が残っていた。また、最古の碁盤(石製の明器)がでたのでも有名である。こういう発掘報告書では、とにかく全部だしてあるので、後世になって崩壊したものや無視されているものが記載されていてなかなか面白いことがある。

書道関係では、この硯を前にした書吏の絵が有名だったが、この題字も漢時代の墨書としては破格に大きい。「辟車五百八人」など縦40cmぐらいもある。木竹簡では到底このような大字は望めないだろう。これは「礼器碑」に類似していると思う。
by reijiyam | 2007-12-22 12:00 | 蔵書 | Comments(0)
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