朝日新聞 重要紙面の75年

創刊以来の重要紙面をピックアップして縮刷した興味深い本です。
1905年日比谷事件の直前1905年9月1日の紙面をみてみましょう。
昭和29年4月5日 第五版の出版ですので、著作権はとっくに切れております。内容を紹介できるのは、幸いです。
当時は、マスコミがあまり発達しておりませんでしたので、官報、演説会、伝聞以外では、新聞が唯一の国内国際政治情報をえるルートでした。新聞も皆が読んでいたわけではなく、買って読む人が多かったようです。文盲の人、難しい文章は読めない人もいましたから、読んでもらうという例もあったはずです。
当時、日露戦争の日本の戦費は底をつき、弾も石油も何も買えない状態に陥りました。政府は、かなり弱気の条件でロシアと講和したのですが、その事情を知らないマスコミは大いに講和破棄を煽ったわけです。政府は内情を公開してロシア政府に知られると交渉が不利になると考え、御用新聞の國民新聞にだけ情報提供し、世論誘導をお願いしていたようです。調印・批准後なら事情を公開してもよかったのでしょうが、暴動は調印当日に起こりました。
こういう、無知な煽り報道のため、大規模な暴動になり、軟弱とされた國民新聞社は焼き討ちにあい、戒厳令をしくありさまになりました。死者は17名、負傷者は500名以上、検挙者は2000名以上(このうち有罪となったのは87名)にも上りました。
 マスコミのミスリードは、まずこのあたりから始まるといえましょう。

朝日新聞 重要紙面の75年、昭和29年, 朝日新聞社

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by reijiyam | 2007-09-17 13:26 | 蔵書 | Comments(0)
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