個の礼賛 ルネサンス期フランドルの肖像画

e0071614_648564.jpg個の礼賛-ルネサンス期フランドルの肖像画: ツヴェタン=トドロフ  白水社 二〇〇二年十二月第一刷: アンケートで集めた図書カードを部分的に利用して購入した。この堅めの本が二〇〇四年三月に二刷になっていたのには驚いた。

絵画における北方ルネサンスは、何をなしとげたのかということを解明した優れた著作である。カンパンとファン アイクが何を開拓し発見したのかを叙述する「断絶」の章は圧巻である。現在でこそ、「北方ルネサンス」という概念が一般化してきたが、古くは、ファンアイクの絵画は「後期ゴシックの残存」として語られ、ホイジンハでさえ「中世の秋」の文脈で解釈していた。実は現代でも北方ルネサンスをイタリアからの影響・伝播として語る傾向は強い。

読後、よく考えると、肖像画・風俗画・静物画・油絵技法など、西洋古典絵画の大きな要素が、カンパンやファンアイクなどの初期フランドル絵画によって開拓されているのである。16世紀以降は、「ローマ賞」で象徴されるような「イタリアに学ぶ」「イタリア崇拝」がでてくるが、15世紀にも適用するのはおかしい。フィレンチェの豪商がフランドル絵画を収集し、イザベル デ エステがわざわざフランドルに画家を留学させたりしたわけで、絵画の中心がイタリアにあったとは言い難い状況だった。

だいたいイタリア絵画をひっさげてフランドルへ出稼ぎにいった画家がいるのだろうか? アンブロシウス=ベンソンはロンバルディア生まれでブリュージュで活躍した画家だが彼の作風は、ランスロット=ブロンディールのような同時代のフランドル人以上に保守的フランドル的であり、これは留学しに来たのが居ついてしまったような状態ではないか。逆にイタリアへ出稼ぎにいった画家はヨース=ファン=ゲントがいる。

著者が、絵画が何を意味しているかではなく、どう描かれているか、その前に立ってどう感じるのかを言語化するという至難なことを実践していることには敬服する。ロヒール作の肖像画に対する「敬虔の受肉」という描写は絶妙だし、メムリンク作の肖像画に「画家の手が加わることによって、彼らは望むべき姿に似るようになるのだ」も的確な指摘であろう。この画風を言葉で述べるという断崖を登るような地味な努力をある程度行っているのには注目したい。
同時に著者が批判しているのはイコノロジーで「描いた事物の意味」を解釈するだけで事足れり、もう絵がわかったとする浅薄な態度である。これには全く賛成したい。粗雑な線描で描いた図に文字で名前を注記したものと、ヤンファンアイクの驚異的な絵画と意味的には同じになってしまうではないか。

 また、取り上げてある多くの実例のなかにはルネ王の「愛にとらわれた心の書」の1図のような驚くべき絵がある。どうみても17世紀の風俗画のようにみえるのに、15世紀の寓意と象徴だらけの写本挿絵なのである。


 144pに述べられているランブール兄弟の一人が訪ねたストックハムという金銀細工師に関してだが、カンパンの妻はイザヴェル ストックハムであり、姻戚である可能性が強い。地縁血縁によって技術やアイディアが流通したのではないだろうか?著者はニメーグをトルネの近くと述べているが、むしろゲルダー地方のニーメーヘンと考えたほうが良いのではなかろうか。この地方からランブール兄弟、ファンアイク兄弟がでており、姻戚関係があった可能性すらあるのだ。
古代で、あげられているセウィルス帝の家族の円形の絵は、ポンペイのパン屋夫婦の絵より150年以上あとであるが、リアリズムという点ではずっと後退している。抽象化・図式化はローマ帝政の中で進行していったわけでキリスト教の影響とは必ずしもいえないだろう。絵画の挿絵化象徴化中世化がどうして深化したのかは興味深い。


 翻訳はまあ合格で充分読みやすい、だいたい哲学者の文章はラテン系の凝った単語や言い回しが多く難解なものなのだ。読みやすく翻訳するのは大変だっだろうと、感謝したい。ただ、イザボー=ド=ババリアという仏英?混合の変な人名表記はいただけない。

もともと大判の豪華本だったものを、持ちやすい版型で翻訳してくれているので、図版は省略が多く、モノクロばかりであるのはしょうがない。ただ、カバーの図版は、なぜボストン美術館所蔵の絵をつかわず、それほど良くないコピーの写真を採用したのか不思議に思う。

 見落とし・誤りと思われる点は、次のとおり、

・古代を扱った章で、ファイユーム肖像画は殆ど板に描かれたものであるのに、布に描いたと誤認している。

・古代ギリシャの絵画としては、1970年代に発掘されたマケドニア王墓の絵画が現存する。

・「ナルボンヌの祭壇布の画家」がルイ=ドレルアン、「プシコー元帥の画家」がジャック=コーンがであるというのは、昔の研究家の推定だが、現在では定説とはいえない。

・現物ではなく、写真をみて書いているのではないか?と思われるところがある。ヤンのサインや銘文を「額縁に刻んである」と述べるのは、現物を一度でもみたことのある人の言葉ではない。ヤンの額縁の銘文はまるで彫りつけられたように描いた一種の騙し絵である。

・マドリード、ティッセン=ポルミネッサのロベール=ド=マスミンの肖像は、樹林年代で、1433年以降の制作であることがわかった。ロベール=ド=マスミンは1430年8月に逝去しているので、遺族の注文による、晩年の作品かコピーであろう。 銀筆などによる詳細緻密な下絵があった場合は、死後の制作も充分可能だったと思われる。 このような注文は先祖の肖像の油絵がずらっと並ぶ欧州の名家の邸宅をイメージすると容易に想像できる。


重厚で内容豊富な本であり、大学のセミナーで輪読・議論するには最適な本であろうと思う。
by reijiyam | 2007-06-04 06:49 | 蔵書
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