封泥大観

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扶桑印社の遠藤さんから、「封泥大観」を送っていただいた。原拓本4種「十鐘山房封泥六冊」「齊魯封泥攷存八冊」「澂秋館藏古封泥五冊」「臨し封泥文字十冊」を複製したものだ。B5版。ペーパーバック、紙箱で、収納に便利なのは嬉しい。
第7回扶桑印社展にちなんで制作されたものらしい。もとの原拓本は1頁に1封泥だろうが、それでは無闇に厚くなるので、イメージのように編集整理してある。書柱(頁の端に表題 章番号などをあげた頁フォーマットのようなもの)はもとのものをできるだけ使っているようである。「臨し封泥文字十冊」は昭和34年に書品102号から横山漠南文庫所蔵本をもとに連載されていたが、2点足りない封泥があった。今回のほうは完全版である。それに当然ながら印刷再現がずっと良い。それは上記のイメージで対照して欲しい左が本書、右が書品複製分である。また、2番目の対照用イメージは左が本書、右が「齊魯封泥集存」(羅振玉編集,1913年)である。こちらは、更によくわかると思う。
 2番目のイメージでみるとわかるように、「齊魯封泥攷存」と「齊魯封泥集存」には同じ封泥[東武丞印]が収録されている。対照すると半分以上共通している。それも当然で、「齊魯封泥攷存」は郭聞庭 蒐集手拓本であり、 「齊魯封泥集存」は郭聞庭 蒐集手拓本+羅振玉蒐集分だからだ。羅振玉の本は王国維の意向なのか官職の系統順になっているので、印の形式順で探したいときは不便である。この本のような順序のほうが、篆刻古美術鑑賞者には便利であろう。
 当時、「齊魯封泥攷存」という書柱がはいった「郭聞庭 蒐集手拓本」が複数でまわっていたのは確かなようだから。これは封泥著録にいれるべきものかもしれない。
一方、「十鐘山房封泥六冊」は、陳介祺が蒐集した封泥であることは確かだし、当時の拓本でもあるのだろうが、陳介祺自身の編集なのかどうかは疑問に思う。陳介祺没後に陳氏の後人が膨大な量があった拓本や古器物を売っていたことは確かであるし、陳介祺自身は、拓本を束にして友人に贈呈したりしていたことは手紙にも伺われる。十鐘山房印挙の印箋は陳家にたくさんあっただろうから、後人が封泥拓本を印箋を利用して貼ったものではなかろうか。陳介祺関係の出版は中華民国時代に多く行われており、これも後人の努力であろうが、そのため、有名な人の著作で、「民国の陳介祺」などというひどい誤解をみることもある。

図版だけでも196頁もあるお徳用の本なので、封泥に関心のある方には購入をお薦めしたい。4000円だそうだが、コピー製本するより割安だろう。

 扶桑印社 出版部   東京都練馬区旭町2-30-8-208, 遠藤 方
by reijiyam | 2007-05-22 10:04 | 蔵書
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