玲児の中国絵画入門 20 乾隆アカデミズム

 
e0071614_1830417.jpg




乾隆帝時代の宮廷の絵画作品というのは、知っているようで知らないというか、中国絵画史のなかでどういうところに位置づけるかがよくわからない、という感じがする。

  私が色々考えた結果、2つの面をあげたら、捉えやすいのではないか?と思っている。

一つは玲児の中国絵画入門 19 四王呉惲 でとりあげた明末清初の四王呉惲が造った「新しい平凡」といえる総合様式を大きく拡大し、宮殿や邸宅の大壁画に適用されたものが、現物で多数確認できるということだ。明末の紫禁城にも巨大な壁画が多数あったはずだが、李自成の軍が北京を退去するとき紫禁城の宮殿を焼いたので、ほとんどなくなっている。

したがって、宮殿壁画{貼落といわれるポスターあつかいのもの}が多量に残っているのは、この時代のものである。

上のイメージは、
清 銭維城 棲霞全図 1760題、台北國立故宮博物院
銭維城(1720-1772)の作品で、224.9x158.5cmもの大きさだ。2メートル以上の高さがある。


もう一方は、郎世寧(カスティリオーネ 1688-1766)に代表される西洋画の影響である。
郎世寧は、イタリア人だから、これは中国絵画なのかという批判もありうるが、外国人主導とはいえ、郎世寧(カスティリオーネ 1688-1766)の弟子や追従者もいたようだし、一種の中伊合作でもある。

 前から思っていたのは、カスティリオーネ自体は油彩やテンペラ、フレスコの技術をもっていたはずである。油彩による作品らしいものは数点しかない。昔考えたときは、、材料がなかったのかな?と思っていたが、良く考えたら当時の画家は絵の具は自作していたはずである。既製品の絵の具なんか使っていない。 またキャンバスなども麻布なんだから北京でいくらでも調達できたであろう。顔料・乾性油なども皇帝の権力で利用できないはずはない。

  どうも、このような中国絵画と西洋絵画を融合したような様式技法は、郎世寧のまわりで創造されたものではなかろうか?

 郎世寧は宮廷にいた人だから、前述のような宮殿用の超大型の絵も多いわけで、

清 郎世寧(カスティリオーネ 1688-1766) 十駿犬茹黄豹 、台北國立故宮博物院
247.5x163.7cm

 こういうのがある。これは2メートル50センチちかくもある。


e0071614_18313753.jpg



そして、付随的なことだが、こういう西洋風中国画というのは広東などで量産され、どうも江戸時代の洋風画、例えば司馬江漢、そして北斎などに影響を与えた可能性があると思う。


一方、満州民族のセンスが色濃いような特異な作品に
平安春信Castiliogne Peking 68.8x40.8cm 1782題 北京故宮博物院

がある。

e0071614_18322259.jpg



by reijiyam | 2015-09-21 18:34 | 中国絵画入門 | Comments(0)
<< 十七帖の翁萬戈本と中村不折本 メムリンク:影のある幻 >>