玲児の中国絵画入門 15 明末清初の爆発的な多様化 その1


中国絵画や書道作品の話で、よく明末清初という言葉が出てくる。明王朝が滅び、清王朝が成立する時代であるが、明王朝は李自成の反乱軍によって北京が陥落し崇禎帝が自殺して滅んだわけで、清軍が滅ぼしたわけではない。もっとも、その後、清軍が侵入し、全土を征服する過程で南京などの明の王族政府との衝突、様々な戦闘や虐殺があったわけだから、清軍の征服戦争はあったわけだ。

 その前の万暦の後半、天啓崇禎年間と清征服後の順治康煕年間全版ぐらいに、実に多様な作品が爆発的に生産された。しかも時代が比較的近い(江戸初期と同時代)ので、そうとうの量の絵画が残っていて実物をみることができる。ただ、明末清初というと短い限られた時代のような感じがするが、よく考えてみると、1610年ごろから1700年ごろの約90年である。1世紀に近い時間であり、3-4世代が交替しているわけで決して短くはない。大正初めから現代までの間にどれだけ日本の美術が変わったかを考えると短い時間とはいえないと思う。

この1世紀の初め1610年ごろの呉彬の山水画は、まるで怪石を拡大したもののようである。ここまで奇怪で非現実的な山岳はありえないだろうが、それでも面白いことは確かである。呉彬は怪石の愛好家の画家でもある官僚 米萬鐘のために「怪石図巻」まで描いている。
呉彬(谿山絶塵  橋本コレクション)

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 もう1世代あとの 陳洪綬、崔子忠は、下のような不思議な人物故事画を描いている、これは唐以前の画風を蘇らせようとする試みというか、唐以前の絵画と称する贋物に触発された発明というべきか、面白い


陳洪綬(宣文君授経図(部分) クリーブランド美術館)、
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崔子忠(伏正授経図  上海博物館)
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一方、康煕年間には法若真(1613-1696)のエネルギーに満ちた天地創造のような山水画があり

黄山木葉図巻(東京国立博物館)の末尾
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この時代の末尾を飾る最高峰として、八大山人の安晩帖(京都 泉屋博古館)の高邁な水墨画(康煕33年ごろ)がある。

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 安晩帖


   実は、八大山人は、王時敏や惲寿平より長生きしていて、この安晩帖は下の惲寿平の作品(大阪市立美術館)より後に描かれたものである。八大山人は明の王族だったわけで、いかにも明末清初を体現しているかのようで、惲寿平はむしろ後の時代に属しているようにみえるが、事実は違う。これらが全て並行的に生産されていたのである。



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by reijiyam | 2015-04-26 13:33 | 中国絵画入門
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