三國志呉志残巻

なぜか、羅振玉編集「漢晋書影」の後ろにくっついっていた。
目録にないから、2冊を合本したものかもしれない。
楼蘭出土だそうで、
大阪の武居巧氏所蔵、卷子本で複製されたこともある。泰山金剛経の「大」はともかく、
鐘元常の薦季直表の「奇」字や、蘭亭の「之」字とそっくりな字がでてくるのに驚かざるをえない。清代末期どころか文化大革命時代まで、「偽物」だと誹謗されてきたこの種の法帖も、晋代の趣を少しは伝えているということは、現在では常識になってきているが、まだ周知しているわけではないようだ。
どういう事情の発見なのかは不明だが、1924年出土だそうだから大谷探検隊ではなかろうか? 実物の所在は不明なのでみることはできないが、偽物の可能性はあまりないように思う。
部分拡大図版、本体は、22x300cm
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by reijiyam | 2005-12-23 22:42 | 蔵書 | Comments(10)
Commented by 小林堂 at 2005-12-26 15:11 x
私のところの「漢晋書影」にもこれが付いていました。4葉です。
この「漢晋書影」の羅振玉の序は宣統戊午の紀年があり1918年(大正7)です。武居氏家蔵影印本は1931(昭和6)年刊で、原本は1924出土とは不思議です。また大谷探検隊は1914年の三次までではないでしょうか?どんな事情で羅氏の目録にないこれがくっついたのでしょうか。
Commented by 小林堂 at 2005-12-26 15:20 x
すみません。舌足らずでした。1924出土とすると、1918の羅氏の原刊に有るはずがない。1914年の三次探検で将来されたとすると有っても不思議はないのですが。どなたかこれがない本をお持ちだと後補ということがはっきりしますね。
Commented by 山科 at 2005-12-27 10:45 x
下記に記録がありますが、1924出土というのは、?であり、伝承のようです。楼蘭(クロライナ)とトルファンの混同があるのは難ですが、、、
中国のサイトで引用しているものも、たぶんソースは同じで内藤湖南か?
ttp://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/5739/kohon.htm
Commented by 小林堂 at 2005-12-27 16:14 x
いくつかの本(敦煌書法庫など)でこの三国志呉志残巻(巻12虞翻伝他)は1924年出土と紹介されています。
Commented by 山科 at 2005-12-28 01:15 x
書道博物館の断片は、全く違う写本の断片のようですね。
三國志呉志には違いないのですが、1つの写本から離れた2断片
ではないようです。
Commented by 小林堂 at 2005-12-28 18:08 x
話は変わりますがこの武居氏は収蔵家としても有名で、かの米元章草書四帖(現大阪市立美術館蔵)もここの旧蔵ということなので、いろいろなルートで流出、散逸したことと思われます。羅振玉旧蔵の敦煌出土唐代写本劉子残寒(現東博所蔵)などもここから出ているとか。この三国志呉書はどこに納まったのでしょうか?
Commented by RY at 2005-12-29 06:30 x
朝日社主 の上野淳一氏へ?
Commented by s_sekio at 2005-12-29 14:03
 新潟大学の關尾です.これも含めて西北地域出土の『三國志』残巻については,東海大学の片山章雄先生に,「吐魯番・敦煌発見の『三国志』写本残巻」(『東海史学』第26号:33-42,1991年3月)という詳しい論稿があります.それによると,『漢晋書影』の1926年の増訂本に初めて収録されたようですが,思うにトゥルファンのピチャンすなわち鄯善が,同じ表記であるがゆえに,楼蘭の後身である鄯善と勘違いされたのではないでしょうか.書道博物館の解説にも,この種の間違いが見受けられるようです.
Commented by reijiyam at 2006-01-06 12:19
関尾 様
コメントありがとうございます。
 トルファンの近くに楼蘭の地名別名と似た地名があるので
混乱があるのですか。ありがとうございました。
今、太宰府でやってる
「美の十字架」展でも、トルファン出土品は多いのですが、
出土地名やラベルコメントはかなりいいかげんだと思いました。
Commented by reijiyam at 2006-03-29 19:11
今、台東区立書道博物館で、これの連れになる断片が公開展示されてます。実物をみる良い機会です。
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