俵屋宗達の資料

一条兼遐書状( 後水尾院勘返状)』の出現は、戦後すぐでした(森暢「宗達の一資料」『大和文華』第一号  昭和26年6月::

寛永7年。一条兼遐が後水尾天皇に少年の元服についてと宗達に注文した屏風のことを質問し、天皇が禁中の後文庫から返事を手紙の上に書いておくりかえしたものである。昔の手紙ってメールの返信みたいだね。

その後、あまり宗達の良い資料がでていないようだが、この書状にある 楊梅図 あるいはその模写本が残っているという記録が  林進::日本近世絵画の図像学 にあるらしい。。

ただ、この手紙の図版は実はあまり良いものはない。大和文華』第一号のものからイメージにしておきます。

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by reijiyam | 2012-06-27 09:53 | 蔵書
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