御製生春詩

御製生春詩

緑に染めた紙に金箔を散らすという豪華な紙を使ってます。高さ11.8cm  幅 10.3cmx2

この輝きを何とかとらえようとした写真です。少しは迫っているかなあ。。

書いた人の董誥(1740~1818) というのは、下記のような一流官僚なのですが、豪華で穏健、しかも小さいくせに筆意がある、悪口のいいようがない整った楷書です。字の幅が13mmぐらい。

 ちなみに確実な書が多数残っていますので、比較したら、全く同じ書風クセがありますのでまず間違いないでしょう。

::  字は雅倫、号は蔗林。浙江省富陽の人。董邦達の子。乾隆年間に進士に及第した。家学を継承し、書画に巧みで、乾隆帝に知遇を受けた。乾隆コレクションの題跋には、彼の書を多くみることができる。乾隆三十六年(1771)、値南書房に入り、内閣学士に累進し、工部侍郎・戸部侍郎を歴任した。
『四庫全書』編纂の副総裁をつとめ、また『満洲源流考』を編集した。四十四年(1779)、軍機大臣に抜擢された。五十二年(1787)、戸部尚書に任ぜられた。のちに権臣の和?による排斥を受けて、国史館副総裁とされ、実録の編纂にあたった。和konが誅殺されると、軍機処に入った。嘉慶年間の書風をリードしたと謂われる。絵画においては、伝統を墨守し、新味は無い。嘉慶十四年(1809)、上書房総師傅となった。十八年(1813)、天理教の乱の鎮圧のための軍務にあたった。

 板表紙の刻字がやけに上につりあがっているので、修理のために、板を切ったのかと思ったこともありますが、これが「御製」の特徴なのですね。これ以上上はない, 上に何も書けないようにわざわざこうやっているわけです。台北故宮にあるものも皆そうなっています。

さて、この御製は乾隆帝?嘉慶帝? また何時ごろの作品?
これについて、ネットで重要な情報を得ました。

 http://www.epochtimes.com/b5/11/2/17/n3172842.htm
《京師生春詩意図》軸 清乾隆三十二年(1767年)徐揚繪 絹本設色,256cm x 233.5cm
北京故宮博物院

自 題:乾隆三十二年冬,御制生春詩二十首,命小臣徐揚匯繪全図, 莊誦之下,仰見我皇上敬天順時,尊親賜福,孕含萬有,綱舉百端,自朝廷以及閭閤上下,神情 體察,咸周興會所至,拈毫立就,無非太和洋溢,盛德充周,抒性靈而彰至治誠,與乾坤合撰萬物同春矣。臣資質愚鈍,未能圖寫萬一,幸蒙指示詳明,敬謹揣モ(模), 四閲月而始成。禮明樂備,昭盛世之文章,雪霽雲蒸,羨陽春之祥瑞。祗縁葵小困之篤於向日幾忘,管見之限於窺天謹?愚忱,上呈睿鑒。臣徐揚拜於稽首敬跋。』 鈐『臣徐揚』、『筆沾春雨』印二方。

 宮廷画家が描いたのが乾隆32年ですから、この詩は乾隆御製で、乾隆32年よりは後に制作されたものだと推定できます。まあ、宮廷にはいった乾隆36,7年ごろじゃないかなあ。


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by reijiyam | 2011-10-25 11:28 | コレクション
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