文賦に紹興印があった

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2009年、台湾の学者(どうも城北國小?小学校の先生?)の趙茂男さんが、
〈文賦〉卷中宋高宗「紹興」印的發現. 趙茂男; 故宮文物月刊; 315 2009.06
というレポートを書いているようだ(未読)。

  ただ、表題だけで、どういう発見だかわかる。

  故宮博物院にある、唐の陸柬之の作品とされている 文賦  末尾にある蔵書印の下に更に別の印があって、それが十二世紀南宋初期 高宗皇帝の宮廷印 「紹興」であるというものだ。
 文賦 について検索していたら、偶然でてきたものだが、しまったやられたという感じもある。まあ、私より細かく観ている人がちゃんといるということだ、後世畏るべし、と思ったものだった。
  
  イメージをあげておくが、上が もとの状態、次が、私自身が、隠された線を赤で描いてみたもの、更に下が同類の印 これは、王羲之の有名な快雪時晴帖に押されている印である。



 文賦の蔵書印は、従来元時代までしか遡ることができなかった。そこで、「元時代の臨書」という説もあったぐらいである。「紹興」印ということは、単に南宋初期に遡っただけでなく、当時珍重されていたのだから、更にずっと古いものであるという証拠にもなるわけで、画期的発見だと思う。
 ここであげたイメージは30年以上前に出版された図録からとったものなので、当時でも、確かにみえているものなのだ。ところが、ちゃんと観察しなかった。見えていても見えなかったわけだ。こういうものは他でも結構あると思う。


  ただ、元時代の収集家が、なぜ  重ねて押したのか? 偽印だと思ったのか?  それとも紹興内府由来であることを隠さないとまずかったのか? ちょっとそのへんがはっきりしないところがある。
by reijiyam | 2011-05-28 09:07 | ニュースとエッセイ
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