羅振玉の隷書

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 清初の多産な画家:キョウ賢の画冊に羅振玉が題字を書いている。これはなかなかいいものだと思う。残念ながら画冊自身はバラバラにされて軸装されたようだが、幸いほぼ全部が米国カンサスシティーのNelson Atkins Galleryに収蔵されている。
  画冊のできは、画家キョウ賢のベストに近いものだが、この題字も悪くない。羅振玉というと甲骨の研究者としての名声が大きいので、甲骨文の臨書などが代表作としてあげられるが、実際は隷書のほうが上手いのではないかと思うくらいである。これは金文風篆書ばかりとりあげられる呉大徴にもいえることだと思う。SOURCE: 博文堂による複製:キョウ半千山水冊
  ところで、この文字  「董巨遺刑」であるが、「刑」だけは違和感がある。「董巨」は有名な画家董源と巨然のことで「遺」は遺風とかいうような意味合いだろう。ただなぜ「刑」刑罰?処刑? 
   どうもこれは「型」の意味らしい。音通というやつである。じゃあ「型」を使えばいいじゃんと思うが、

 ここで問題? 古い時代に型という字があったのか?使われていたのか? 書体字典などをみると
石碑などでの使用例がない。データベースで検索しても、わずかに三例(唐1,清2)しかも楷書の
例があるのみ。

 現在は頻繁に使われる「型」という字も古い時代には殆ど使われなかったらしい。それを根拠にして「刑」という通用字を使っているようだ。
で、「遺型」という言葉は、日本ではまず使われないが、中国では、どうも清時代以降にはいかめしいケースで結構使用されているようだ。乾隆帝が (伝・めいっぱい伝)柳公権:蘭亭詩墨蹟に題しているのが「筆諫遺型」(下のイメージ)である。

 どうも、このような先例にならって、ひとひねりしたということのようだ。

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by reijiyam | 2010-09-05 09:42 | 蔵書
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