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パリ セーヌ左岸ほど近く、今 国立中世美術館という名前になっているもとクリューニー美術館がある。エトワール広場がシャルルドゴール広場になってもエトワールで通じるように、クリューニーはクリューニーで通じるようだ。ここの名物は「貴婦人と一角獣」タペスリーである。6枚1セットで「触覚」「視覚」「聴覚」「味覚」「臭覚」の五感のアレゴリーと「私の唯一の望み」と題された画面からなっている。
展示されている広間が暗くしてあるからか、モナリザやミロのヴィーナスのように写真フラッシュの嵐に害されることはない。フラッシュをとる人も当然いないし、カメラをとる人も少ない。まんなかにスツールがあるので皆すわってゆっくりみている。 このタペストリーには感激した。不思議なのは同じようなミルフィオーレ タイプのタペストリーはこの館にも,もう1セット展示されているし、ユニコーンのタペストリーならメトロポリタンにもある。16世紀のタペストリーならブルージュのGrutehuseでも過去に多数観た。 しかしながら、比較すると、その品格と神秘性からいって群を抜いている。メトロポリタンのものは、少し野卑な感じが鼻につく。他の例もそうだが、宴会や狩猟の場面が多く、人間が多くて少しうるさい感じがする。 この作品は、縦3m以上という大きな画面なのに、登場人物は最大2人、獣はせいぜい2頭、あとはミルフィオーレと呼ばれる草花模様のなかにいる動物ぐらいという、簡潔な画面で、アレゴリーをあるかなきかの動きで静か に示しているだけだ。 そのためか、この前に座っていると、深い瞑想に陥るような気がする。ただ、もしこれが10cm四方ぐらいの細密画だったら、そっくり同じ絵柄でもたぶんこの効果はないだろう。3mという大きさの効果もある。 この深い味わいというのは、タペスリー制作技術というより構図原案の優秀さによるところが多いようにおもう。推定制作年代の15世紀末というより14世紀的な、なよやかな趣味の作品である。ジャン=ド=マンではなく,ギョーム=ド=ロリスやギョーム=ド=マショーに近いのだ。14世紀の原作を15世紀のトルネイかリールあたりの工房で、背景はミルフィオーレにして拡大模写したのかもしれないとも想像したくなる。工芸品なのだから、そういうこともすくなくないのではなかろうか。また、ポジティブオルガンの鍵盤の本体への付け方がゲントの祭壇画(ACE1426ごろ)の形に近い。どうも下絵自体の制作時期はかなり古いもので、タペスリーの制作時期(1500年ごろ)からかなりずれているような感じをうける。 ただ、衣装の模様がちゃんと衣のゆがみ・傾き・折れにしたがって変形して描かれていて、平面的に模様をはりつけたようなものではない。かなりすすんだ段階を表している。原画の時代は無茶に古いわけではなくJan van Eykの時代14世紀末15世紀初頭に近いのではなかろうか。 14世紀のタペスリーというと、アンジェにある黙示録のタペスリーが有名だが、こちらは新約聖書の絵解きなので、ちょっと比較できない。キリスト教と直接関係のないテーマのタペスリーで、これほど神秘的なものはちょっと少ないだろう。過去にジョルジュ サンドが紹介し、リルケがエッセイの筆をとったこの作品なので、そのうちダヴィンチ コード的な小説のネタになるかも知れない。トレイシー=シュバリエが「貴婦人と一角獣」という小説を書いているようだが、未読である。 修理の問題: ところで、このタペストリーも何度も修理を経ているわけで、原作の姿をどこまで残しているか疑わしいところがある。最近クリューニーで刊行された解説書によると4度も修理しているらしい。 ・1882年に主な穴を塞ぐだけの修理 ・1882-1883 Lemaire工房による修理 ・1889-1892 Alfred Darcelが長だったゴブラン工房でJ.Lavauxによって実施されたタペスリー下部の修理、ここで補われた部分は現在、褪せた灰色がかったピンクになっている。古い糸より、新しい糸のほうが変色しやすかったのである。 ・1941-1944 Bregere工房による修理、古い修理部分を除去。「視覚」では1889-92修理の下部部分除去。顔部分の修理を行っている。 ここに、戦前にクリューニーから刊行されたカラー図版を提示しておこう。刊記がはいってないがおそらく1920年代ごろの出版だろう。これは、1941-44の修理以前の姿をある程度示している。勿論、カラー写真・印刷の粗雑さがあるので、有る程度割り引かなければならないが、そうとうな疲れ具合・傷みがあり、顔が現在のものに 近いのは「聴覚」の侍女と「触覚」とぐらいにしかみえない。勿論織物なので慎重な糸の復元によってもとに戻すことができただろうし、もともと大きな作品なので小さな作品よりは手がかりが多く復元は楽だったろうと思う。 しかしながら一度はこの状態だったことは、留意しておいて損はない。現在のタペストリーの細部、特に顔面はあ まり信用ができないかもしれないのだから、細部をもとにして思弁することが砂上楼閣である可能性があることは 銘記していておくべきだろう。 メトロポリタン美術館のユニコーン タペスリーも、責任者のロリマーが書いたThe Cloisters(1938)によると 、「オリジナルな部分はそこかしこに残っているが、相対的には少ない」そうなので、タペストリーの保存とその鑑賞というのは難しいものだと思った。 SOURCES: J.J. Marquet de Vasselot, Les Tapisseries dites La dames a la unicorn REF. Elisabeth Delahaye, The Lady and the Unicorn, 2007 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
書学書道史学会の学会誌の最新号(No.19 2009)を読んでたら、永由徳夫(ながよし のりお)という方が、夜鶴庭訓抄の写本の研究を発表しておられる。これは平安末期の書道の家 世尊寺家当主 藤原伊行が書いた書道秘伝心得集なのであるが、どうやら群書類従に収録されているテキストと中世に書かれた古写本とでかなり違いがあるらしい。岩波文庫などに収録され定本となっているのが群書類従本だから、これはちょっとまずいのかも、中世写本をもとに定本をつくりなおしたほうがよいかもしれないという問題になっているわけだ。
古写本が発表されファクシミリでではじめたのが1976年というから、ずいぶん最近のことである。 実は、手元に夜鶴庭訓抄の写本がある。、といっても、中国式の罫を木版印刷した冊子の写本だからどう古くったって江戸後期、幕末、あるいは明治期かとおもわれる写本だ。で、ちょっと読んでみると、意外にも中世写本に近いテキストだ。勿論 中世写本のように漢字カタカナ本ではなく、漢字変体かな なんだが、テキストは、群書類従本ではないようにみえる。といっても永由論文にある大嘗会のところを対照しただけなんだがね。24条あるから、続群書類従本でもない。ただ、永由論文だけを頼りに対照すると大嘗会の部分は東大本・続群書類従本に近い。 この写本は、表紙にみるような日本の書関係の文献をあつめたものだから、かなりの好古家がつくったものかもしれない。表紙裏と冒頭には無想庵主という印があるが蔵書印なのか写本作成者なのかはわからない。 もともとはイメージのように鳥居の寸法や額の書き方が書いてあったので面白いと思って、古書展で買ったものだ。少しは大切にしなけりゃいかんかもしれない。 ![]() ![]() ![]() ![]()
ロシア所蔵西域写本の展覧会が京都国立博物館で開催され,2009年7月18日に鑑賞したが、以下の点ともう一つ(これはHPで発表予定)が、書道史的に面白い研究材料になりそうだと感じた。ただ、論文に膨らませるほどの甲斐性がないので、ここに提示して博雅の士の高見を待ちたい。
・五世紀の法華経と書道博物館「老女人経」の書風の類似 展覧会図録 61番の敦煌由来の法華経(左) は淡褐色の紙で、特に墨だまりはなく、筆画のなかに均一に墨がひろがっている。墨ののりがよいのだろう。書風は台東区立書道博物館所蔵の「老女人経」(集成 第001番)(右)に類似する、特に「是」の酷似は気になる。本文末尾の12行と偈頌と末尾題記から構成されている前半が欠けた巻子だ。本文十二行のほうがやや字が大きいせいか字が良いようにみえる。文字の大小によって同じ人が書いても巧拙がでてくることがあるのは自分の経験でもあるので、そのためだろうか。図録には本文部分の写真がないのが残念であるが、偈頌部分のイメージで推察して欲しい。 ![]() ![]() ・4、5世紀とされる正法華経の白い紙と書道博物館「法華経方便品」 展覧会図録62番に、4~5世紀とされる敦煌由来の法華経の初期翻訳写本(左)がある。この紙は妙に青白く、灰色の墨罫線がある。 よくみると、点画に墨溜まりが多い。そして墨だまりの外が淡墨になっている。 にじみのない紙なのだろう。なんらかのコーティングによって白さと滲み止めをやっているのではないかと思う。 台東区立書道博物館所蔵 伝トルファン出土本法華経方便品断片1紙も、やはり妙に白い紙であり近いかもしれない。これは 台東区立書道博物館所蔵 中村不折旧蔵禹域墨書集成(以下 集成)の152番 王樹ナン旧蔵の「北涼写経残巻一」巻の巻頭に貼ってある1紙である。書風は違うし罫線もないが紙質は類似しているように思った。 ![]() ![]() ・行書目録と装飾体題記と写本年代 展覧会図録 53番のトルファン由来の増一阿含経第十五表紙は、行書があまり普通なので、五世紀よりもう少し時代が降るのではないかと思った。「増一阿含経第十五」は隷書の波ケツを強調した書体だが、これは一種の装飾体であり、このような題記は北魏時代後半6世紀初めにもあるのでそう古いものとは思えない。 ![]() ・展覧会図録 63番隋経で巻軸にまきこまれる部分に後記が書いてあった。こういうのは普通にあるのだろうか?。図録にはその部分の写真なし。 ・展覧会図録 84番 唐の格式律令事類 断片 をみると、甘い感じの書法で、いかにも俗流蘭亭風、院体とはこういうものであったかと感じさせるものがある。 ![]()
ラトゥール「聖ヨゼフと幼児キリスト」は意外とよかった。とくにキリストの右膝とサンダル、ヨゼフがもつドリルの木の握り手、床に転がる木屑がよい。
一方、他のラトゥール作品にもみられることだが、奇妙な手の形、肉体の解剖学的構造の無視、中心部分のみ精密に描いて周囲を手抜きする傾向はみうけられる。できのレベルからいうと、「聖ヨゼフの前に現れる天使」より落ちるが充分真跡といってよいのではなかろうか。 キリストの顎が二重顎のようにみえるのは気のせいだろうか? 蝋燭を支える右手がどうみても左手より大きく、しかもその指の形がかなりおかしく蝋燭をささえる通常の手指の曲げ方ではない、これはレンヌの聖誕でミイラ巻にされた赤子キリストをささえる聖母マリアの妙な指の形にもみえることである。聖ヨゼフの体は、まるで胴体が著しく短いようにみえ、足が胸に直接ついているような感じすらする。これはこの空間を構成するために通常の解剖学的構図を犠牲にしているようにみえる。 色は全体にオレンジがかっていているがニスの劣化のせいとは思えず、もともとの色ではないかと思う。額縁は安っぽいもので新しい19-20世紀のものだと思った。 フェルメールの「レースを編む女」は、まあ普通のもので、私としてはもとBEITコレクションのほうが印象が良かった。ただ、保存状態がかなりよいと思った。背景が塗り直されてはいず、原初のものを残しているようにみえるからである。 ルナンの農民の家族は、ちょっと切り縮められているのではないかと思った、いまでも充分大きな絵だがどうもきゅうくつだ。ロンドンナショナルギャラリーのルナン作のほうがよいと思った。 思わぬ佳作としては、ヨールダンスの四福音記者がある。肖像群としては上々のもので、肉体が弱いヨールダンスの作品としては例外的によいし、左下の本の描写も見事である。ただ、マルコとルカ(またはマタイ)である二人の老人のモデルが同じなのは残念だ。 ヤン=ブリューゲル工房作とされる「火」は錯綜した構図でみとおしが悪いが、ミラノのアンブロジアーナにある真作の「火のアレゴリー」(inv.68)と酷似している。アトリエでのレプリカか?。 主題的には貪欲のアレゴリーのようにもみえる。小品ながらオスターデの「窓辺で酒を飲む男」も悪くはない。 フランス=ハルスの「リュートもった道化師」は標準作、同じようなまあそんなものかという印象をもつものに、ヘリット=ダウの「歯をぬかれる男」クロード=ロラン「クリュイセスを父親のもとに返すオデッセウス」バテルの「ナイル川にモーゼを遺棄するヨクベト」がある。 カルロ=ドルチの受胎告知二作セットは、西洋美術館の「悲しみの聖母」におよばず、ルーベンスの作は手抜きがめだつ。レンブラントの自画像はなんかやけにフランス風にみえる。ドイツやウイーンにあるラファエロがやけにゲルマン風だったりするのと同じく輸出商品であるようなことはないのだろうか? フランケンの花輪に囲まれた聖母子ではグリザイユはみどころがある。上部数cmが切断されているのが残念。花輪は別の画家の手にようるもののようにみえるが、ダニエル=セーヘルスほど上手ではない。 ムリーリョはサイズが大きいほどできがいいという理論をプラドにいったとき思いつき、その後もさほど誤りがないと思っている。この半円形の絵はサイズが足りないのかあまりよくない。やはり3mは欲しいところか? 静物画は総じてよくない。コールテの五つの貝殻など遠くからみると佳作のようにみえるが近くでみても質感がなんら感じられない、他も観るに足りないものばかりだ。風景画も前述のロランやバテルを除くと、平凡なものだらけで、ロイスダールなど言語道断な代物である。 おみやげとしては、ラトゥールのクリアファイルを買った。透明なせいかあまりよくない額絵以上に雰囲気がある上実用的でもある。
また、平安時代から伝わったもののなかで、最も華麗な本、西本願寺本三十六人集のページを続けてみてみたい
。 新潮社 昭和三十九年十月発行 みつね集 能宣集 下 もとざね集 ![]() ![]() ![]()
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